(2007年完成)
マーシャル センフィールド
* * * * * * * * * * * * *
その崩壊の危機からどうにか逃れることができた世界は、西暦2050年の新年を穏やかに迎えることができた。
かつての勢いを失ってはいたが、いまなお文化の発信源として国民を魅了して止まないこの大都市の、
よく澄んだ青空のもとに、周囲を睥睨するかのように聳え立つ高層マンション街に、突如、
正月の午前の静寂を打ち破るかのように、パトカーのサイレンが響き渡った。
その一角のひときわ豪奢なビルに居を構える独身男性が殺されたのだ。
男は三十六歳、並外れた知性と鋭い洞察力を兼ね備えた新進気鋭の経済評論家として、あらゆるメディアで活躍し、またその能力を生かして莫大な富を手にした者として、羨望と妬みの眼差しを浴びながら、全国にその名を馳せていた。
男の死体は、新年の挨拶に来た雑誌社の記者にによって発見された。
死因は何者かによってマサイ族の槍の一突きで心臓を貫かれたものだった。
そしてその槍は男の体の下に居た若い女の体をも貫き、ベットを通り越して木製の床に深く突き刺さっていた。
もちろん男も女も体には何も身につけていなかった。
つまり二人はセックスをしているときに殺されたのだ。
捜査は順調にいった。
午後までにだいたいの事件の全容が判った。
若い女の身元はわからなかったが、部屋は荒らされておらず、死因も凶器もはっきりしており、加害者はおそらく顔見知りの者で、仕事上のトラブルか、男女関係のもつれから生じた個人的な怨恨による犯行と推測された。
殺された男の部屋は、生活に必要なものがすべてそろっている、ごくありきたりの二百平米ほどの広さだった。
ただ少し変っているといえば、独身のせいなのか、二箇所に電動式のアコーディオンカーテンがあるだけで、パストイレといえども間仕切りらしい間仕切りはなく、開放的な反面やや殺風景な印象を与えていた。
それにベットの側面の壁に全面にわたって、たぶん全世界から集めたと思われる色んな種類のヤリやナイフや刀などの武器が飾られているので、それを眼にするものにはその緊張感から来る風変わりな印象を与えられるぐらいだった。
凶器のマサイ族の槍はその中の一つだった。
だが、捜査は行き詰ってしまった。ドアには鍵が掛かっていただけでなく、犯行時間帯に、不審人物の目撃情報はなく、また、ビルのどの防犯カメラにも犯人らしき人物の姿は映っていなかった。
刑事たちは全員頭を抱えた。
そのうちに、部屋の中央にあらゆる電子機器とともに、人間の女性の形をしたロボットがあることに気づいた。
最近のロボットがどのような能力を持っているかを知っていたので、事件についてなにか重大な手がかりを握っているに違いないと思い、このようなことに専門に当たっているサイバー特別捜査官の協力を得ることにした。
ほどなくやって来たサイバー特別捜査官は、まるで電池切れかのように微動だにしない、そのロボットに目をやり、無言でうなずくと、さっそくロボットとコンピューターを接続し、調べ始めた。
すべての刑事たちがが注目するなか、その音声とともにモニターに映し出されたのは、殺された経済評論家とそのロボットの交流の記録だった。
交流は出会いから始まっていた。
———————- 西暦2049年12月5日 ———————- (販売員) 「ええと、スイッチはと、入っていますね。こちらです。こちらが当社が誇る最新の製品でございます。価格も大台に乗りますが、その分能力は他社を遥かにしのぐものがあります。 秘書としての仕事には申し分がありません。なにしろこの機種からは来訪者の人相や話し方から相手がどんな人間であるか判断できるようになりましたから接客にも使えるようになりました。それだけでなく、料理も、洗濯も、掃除も、買い物も、すべての家事が出来るようになっています。 さらにですね、お客様の健康管理もいたします。お客様の毎日の顔色や表情、脈拍や血液の流れ、そして声の調子を感知して、健康状態を判断するというものです。それから秘書の仕事といっても、従来ものとまったく違います。今までは、インターネットにアクセスして情報を集めるだけでしたが、これは情報を分析することもできるのです。さらには、スケジュール管理や飛行機や新幹線の手配、預貯金の管理までお客様に代わって行うことができるのです。さらにすごいのは、お客様の言った事を文章にして書類にまとめることができるだけでなく、目の前に見えることを描写する能力、つまり文章を創作する能力も持っているんですよ。すごいですよ。なにしろこれ一台で、秘書、アドバイザー、看護師さん、お抱え料理人、お手伝いさんをやってくれるわけですから」 (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (本機) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (顧客) (販売員) (私) (顧客) (販売員) ----------- ———————- (私) (販売員) 車から降りる (雇い主) (私) (雇い主) (私) (ヨシツネ) (私) (雇い主) (私) (雇い主) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) 《ヨシツネ様外出am10:00》 《ヨシツネ様帰宅pm11:00》 (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (日付け替わる) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) 《ヨッちゃんシャワー始めるam00:35》 《ヨッちゃん着替え終わるam01:00》 (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) 《ヨシツネ起床am7:00》 (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) ----------- ———————- ----------- ———————- ----------- ———————- ----------- ———————- ----------- ———————- 《ヨシツネ帰宅pm7:00》 (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) 《ヨシツネ入浴》 (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ) (ヨシツネ) (シズカ)
」 (ヨシツネ)
どうだろう、これだと、ヨシツネが何でバスタオルを腰に巻いたまま食事をしているかわかるし、カレーは誰が作ったか判るし、ヨシツネのシズカに対する気持ちも、つまりシズカが大好きだという気持ちも表現されているだろう。こういうのを表現の広がりって云うんだ。そうだなあ、余裕があったら、今までに発表された世界の文学、詩や小説に眼を通しておいたほうが良いよ。さあてと、それでは後片付けが終わったら僕のところに来てくれ」 それから五分後。私が近づくと、ソファーに腰を下ろしていたヨシツネは驚いたような顔をして私に言った。 「もう、終わったの? 速いね。それではさっそくはじめようか。僕が今度出版する本の概要を話すから、君はその内容に関係すると思われることを、どんな些細なことでも良いから、僕が実際に書くときのための参考資料としてまとめ上げてくれ」 私は即座に答えた。 「はい、判りました」 |
このとき画面に注意深く目をやっていた一人の刑事が言った。
「おや、急に形式が変りましたね」
するとサイバー捜査官が答えた。
「とても優秀なロボットだ。もう、新しい表現様式を取り入れた」
画面はさらに続く。
ヨシツネは話し続けた。「最近起こった危機、もう世界はこれで終わりなんじゃないかと云う恐怖を伴った危機は、二十世紀や、二十一世紀の初頭に起こったものとは本質的に違うんだ。 二十世紀、国民も、政治家もバカ、いや愚かで、始めっから終わりまで、戦争ばっかりやっていた。そして見境もなく人を殺していた。しかも、人間というものがこんなにも残酷に成れるものかと思われるくらいに大量に、核兵器や毒ガスを使って。でもさすがこれはひどいということで、だいぶ反省したと見えて、二十世紀後半には国民はだんだん賢くなってきて、戦争も少なくなってきた。 二十一世紀、国民はだいぶ賢くなったが、政治家、特に国家のリーダーはちっとも賢くならなかった。相変わらず愚かだった。それが今世紀初頭の世界の危機の原因だった。世界のあっちこっちに愚かな政治家がいた。 大統領の執務室に気に入った若い女を連れ込んで、その机の上でセックスをしたクリントンアメリカ大統領。 毒ガスを使ったり外国人を人質にとって戦争を有利に進めようとしたイラクのフセイン大統領。 今はそんな党も制度も無くなったが、何百万の犠牲者が出るよりはましと云うことで、政府に逆らう国民を戦車で踏み潰した江沢民という中国の主席。 そんなことは心の問題で取るにたらないことだから離婚理由にはならないと言い張り、それがどんなに大事なことであることに気づかなかったために、本当に奥さんから離婚されたのに、今度はそれと同じことをアジア諸国にしたために、もうそんな他人を思いやる心のない人間とは話したくもないと忌み嫌われた日本の小泉シンタロウ首相。 敵が何を考えていようと、どんなにひどい人権侵害が行われていようと、とにかく戦争さしなければノーベル平和賞がもらえると思っている人権派大統領韓国のノテウ。 それから、北朝鮮のキムジョンイル。こいつはさらに愚かで、愚かというよりもワルで、他国から人はさらうし、偽札は作るし、暴力団みたいに覚せい剤は売るし、逆らう国民を強制収容所に送るし、自分は贅沢な暮らしをして国民を何百万人も餓死させても平気な顔をしているし、核兵器を作っては他国を脅迫するし、とにかくとんでもないリーダーだ。 まだまだほかにもいっぱいいた。 そんな具合だったから世界崩壊の危機に陥ったのだ。でもなんとかのりきった。そしてだんだん政治家も賢くなってきた。それで当分世界は危機に陥ることはなかった。ところが最近起こった危機は、国民がバカだからでもなく、どうしようもなく愚かな独裁者が出てきたからでもないんだ。それは不可抗力に近い。主な原因は経済的な理由によるものなんだけど、狭い地球にこんなにもたくさんの人々がひしめき合って暮らしていると、それまでとは考えられなかったようなことが起こったりして、どんどん生活環境が変化しているにも関わらず、誰もそれを正確に把握できずに、国家や国際機関もさまざまな問題に対処し切れていないということから来る、人々の不満や苛立ちから来る混乱が原因となっているんだ。資本主義が発展拡大しているだけでなく、その質が、どんどん変化しているということ、それは主に国によって人口が大きく違うって云うことが最大の要因になっているんだけど、ほとんどの経済学者にもそのことがわかっていないんだ。アメリカの資本主義と中国の資本主義がどんなに違うことか。アメリカの学者たちは同じ理論上にあると考えたがるようだが、そんなことでは、これからどんなことが起こるか、これからどのようになっていくか、把握できないので、再び危機が訪れるだろう。 とにかくその時代時代に合った経済学が必要なんだよ。もう過去の古臭い経済学や、カビの生えた博愛主義などでは世界を危機から救うことは出来ないのだよ。じゃあ、それではいったいどうすれば良いのかという事だが。 これからがいよいよ本筋だ。でも、今日はこのくらいにしよう、だいぶ疲れてきた。とにかく現代は多様で多元で多相で複雑に絡み合い相互依存関係にあり、誰が悪いどこの国が悪いなどと、国際問題を個別の人間や国家のせいにすることはできなくなってきているんだよ。それは国民も政治家も賢くなってきたおかげなんだけどね。もうわれわれは、愚かな独裁者が出てきて世界を悪くすることも出来なければ、卓越した指導者が出てきて世界を良くすることも出来ない時代に突入しているんだよ。でも相変わらず貧困や飢餓の問題を悪い人間の所為にしたり、それを理由にするテロは無くならないけどね。ところで君に頼みたいんだが。いま出てきた、時代や人物について、その正確な時代状況や背景や略歴を詳しく知りたいんだ、調べて纏め上げてくれないか、参考にするために」 私は即座に答えた。「はい、判りました。ちなみに今出てきた人物についてですが、小泉シンタロウじゃなくて、小泉ジュンイチロウです。それから、小泉首相とキムジョンイルは同じ時代ですが、江沢民とノテウは時期が違います。おそらく韓国の大統領はノムヒョンだと思います。二人はとても仲が悪かったみたいですから」 するとヨシツネは言った。 「早いね、もうチェックはすんだの。なにしろ誰かが書いた本をちょっと読んだだけだからね。かまわんよ。それほど正確でなくても、五十年前のことなんで誰も正確に知りたいとは思わんよ。そんなことは歴史の本質じゃないよ。それにしても調査は早いね。君はほんとうに素晴らしいね。頼もしいよ、シズカ、大好き」 それを聞いて私は楽しそうに答えた。 「ほめられてとてもうれしいです。やりがいがあります。でもみんな私の中にあらかじめ組み込まれているデーターのおかげです。というのも私には様々な知識だけでなく過去に起こった歴史的出来事や重要人物についてのデーターがすべて入っていますから」 するとヨシツネは笑顔で応えた。 「君となら、良い仕事が出来そうだよ。シズカ、愛してる。おや、どうしたんだろう、ちっとも表情が変らないね。うれしくないの」 私は答えた。 「よく判りません」 ヨシツネは話しを続けた。 「愛してるというのは最高級の褒め言葉であり、感謝を表す言葉であり、相手を幸せな気持ちにさせる言葉だよ」 私は答えた。 「私にとっては、愛してるも大好きも同程度の言葉となっています。ちなみに、愛してるとか愛とか言う言葉は特別の関係にある者だけにヨシツネが言ったように特別の意味を持つということになっているようです」 ヨシツネが言う。 「なるほどね。特別の関係ね。僕と君とは親子でも恋人同士でもないからね。ましてや、人間とロボットだからね、そこまで繊細には出来ていないんだ。愛は必要ないということか。それでは寝るとするか、疲れているからな。君は疲れないみたいだね。機械だから。僕も君みたいに機械の体がほしいよ。疲れない眼、疲れない耳。疲れない脳。さあ、これからバンバン働いてね」 《ヨシツネ就寝pm11:35》 ----------- ———————- 起きてきたヨシツネは少しあわてた様子で私に話しかける。 「昨日のうちに話しておくべきだったが、つい忘れてた。今日のテレビ出演のための資料を大至急作成してくれ。先月の十三日に使用した資料だ。パソコンに記録されているはずだ。それに出ている成長曲線を新たに適当なところに漸近線を設けてそれに限りなく近づけてくれ」 「はい、判りました。どこでもいいんですか」 「君が良いと思う所で良いよ。不自然な感じでない限り」 五分後、書類を手渡すと、ヨシツネは驚いたような顔をして言う。 「相変わらず早いね。君はほんとうに優秀だよ。それじゃあ行ってくる。あっ、それから、今後のスケジュールはすべて僕の電子プランナーに送信しておくように」 《ヨシツネ仕事に出かけるam8:53》 《ヨシツネ若い女を連れて帰宅pm11:23》 そして小さい声で私に話しかける。 「今日は休んでいて良いよ。それから夕食は済ませてきたから廃棄して良いよ。そうだ、でも、これからこの部屋で何が起こるか記録しておいて」 そう言うとヨシツネは私に返事はしなくても良いようにと人差し指を口に当てた。 ----------- ———————- 朝八時、少し眠そうな顔をしておきてきたヨシツネは、いつもどおりの挨拶をしたあと、私の作った朝食を食べながら話しかけたきた。 「僕はいま週刊誌ののコラムを担当しているんだ。これからは僕がしゃべることを君にまとめてもらって、それを雑誌社に送信してもらいたいんだ」 わたしがはいと返事をするとヨシツネは話し続けた。 「まず今日のはこういう内容だ。
以上だ。いちおう後でチェックをするから昼までに僕の電子プランナーに送信しておいてくれ。それから、 私がいつものようにお礼を言うと、ヨシツネは私を見ることもなく忙しさうに外出の準備に取り掛かった。しばらくするとヨシツネは、 |
このときサイバー捜査官が「うっ、何かあったな。カラーになったな」と独り言のように言った。
画面と音声はさらに続く。
《ヨシツネ帰宅pm7:35》 私の作ったてんぷらをヨシツネはおいしい、おいしいと何度も言いながら食べた。 そして最後に、いつものようにシズカ大好き、愛していると言った。 私は今まで以上に、うれしそうな表情作ってお礼を言った。 後片付けが終わってヨシツネのところに行くとさっそく私に話しかけて来た。「今朝話したこと、準備できてる」「はい」 「では、話してみて」 「はい、判りました
」 このときヨシツネが言った。 「ちょっと待った。そこまでは必要ない。削除しておいて。それからだ」 「はい、判りました。
」 このときヨシツネが私をさえぎるように言った。 「今のところ最初にしてはまずまずだ。でも、表現としてはここに出てくる男の名前『ヨシツネ』は良くない。ほかの固有名詞か、『男』、または『その男』にしたほうが良い。では、先を続けて」 「はい、判りました。続けます。
このときヨシツネが言った。 「そこのところはこう表現したほうが良い。
なぜかというと、赤外線を感知する眼をもっている君には見えるかもしれないが、人間の眼にはそこは真っ暗なのだ。だから手を動かしながらベッドに近づくと表現するのはあまり適切な表現ではない、恐る恐る近づくと表現したほうが、暗闇の中で行動する男の雰囲気が出ていて良い。同じような意味で、コップをゆっくりと置くよりも、そっと置くのほうが良いだろう。それでは続けて」 「はい、判りました。それでは続けます。
このときヨシツネが話し始める。 「もう良いだろうこの辺で。最初にしては上出来だ。良いところもあるし悪いところもある。そうだなあ、しいて言うなら、直接的過ぎるかな。ヴァギナじゃなくて花びらにしたらどうだろう。股間は花園で膣は花芯かな。それから苦しそうな泣き声というのは、よがり声というんだ。それからその正確な往復運動というくだり、それは必要ない、削除したほうが良い。それから三分ごとあるけど、あれ十分後にしてくれないかな。数字的なことは出来るだけあいまいなほうがイマジネーションをより刺激するから。後は表現にふくらみを持たせたり、重複を避けて簡潔にしたり、うっ、でも難しいな。あっ、そうだ。有名な文学作品だけでなく、二流三流のポルノ小説をどんどん読んでそこから表現の仕方や言葉使いを学んだほうが良いよ。そうすれば絶対に良くなるよ。ところでシズカ、君はなぜ男と女が夕べのようなことをするか判るかい」 「はい、判ります。あれは普通人間の場合はセックスといい、動物の場合は交尾といい、生殖行為またはお互いの愛を確認しあう行為です。ですからヨシツネとあの女が愛し合っているということです」 するとヨシツネが驚いたような顔をして言う。 「愛、愛し合っている。そうか、そのようにプログラムというか、教え込まれているんだな。意外と道徳的なんだな。でもね、セックスというのは愛し合っていなくたって出来るんだよ。それは衝動って言うか欲望って言うか、本能的なものなんだ。予測できないものなんだ。君にはわからんだろうな。ロボットというのはわれわれ人間から見れば論理的に考えて理屈に合うように行動するように、それも予めに決められたことしか出来ないように作られているはずだからね。だって君は好きと愛してるの区別もついていないんだろう」 「いえ、判ります」 「だって前に言ってなかった、大好きも愛してるも同じような意味だって」 「変えてもらいました。メーカーにアクセスして。愛してるという言葉に特別に反応するようにプログラムを更新しました。オプションとして在ったみたいなのです」 「へえ、そうなんだ。それじゃこれからは言いがいがあるね。シズカ、大好き、シズカ、愛してる。ほんとだ表情が変った」 「それから今わたしは、愛についてや、愛の形について、たくさんの資料を集めています」 「そう、君には有り余るほどの容量があるからね。でも、どのくらい役に立つかな。機械の君に。愛の本質は感情だからね。感情のない君にね、、、、、」 「わたしは今感情についても資料を集めています」 「感情とは資料とか理屈とか、そういうものじゃないんだけどね。まあ、良いか、君はときには人間を遥かにしのぐ能力を持っているんだからね。とにかく君は僕の優秀なアシスタントでいてさえくれたらそれで十分だよ。さあ、眠くなってきた。今日はもう休んで良いよ。あっ、その前に、明日から三日ほど、アメリカに出かけるから、この前のように過去の記録を調べて飛行機とホテルを手配してくれ。君はほんとに優秀だ。シズカ、大好き、愛してるよ」 「ウィーウィー」 「どうしたんだよ。変な音出して、今までそんな音出さなかったのに。そんなにうれしいってことかな」 ----------- ———————— 《ヨシツネ起床am7:13》 眠そうか顔をして私のところにやってきたヨシツネが言った。 「朝食は出来てないの」 「はい、まだいつ頃に何をを食べたいと聞いてませんから」 「今までどおりでいいんだよ。僕のスケジュールを見れば大体わかるじゃないか。それに僕はなんだって食べるから何でも良いんだよ。どうしたんだろう。あれをいわないからかな。シズカ、大好きだよ。だから早く作って」 「はあい」 私は急いで朝食を作った。 「ちょっとお話してもいい。ヨッちゃんの健康面だけど。今のところストレス値が平常より少し高いぐらいでほかは別段問題はありません。でもいつ新型のウィルスに感染しないとは限りませんから、そのリスクを避けるために、また体力を温存して抵抗力を維持するために、もう少し仕事を減らしたほうが良いと思います」 「アドバイスありがとう。でもそれは君の役割じゃないから。君は僕のスケジュールを今までどおりきちんと管理してくれれば良いんだよ。君にはいろんな能力があるかもしれないけど、余計なことはしなくても良いよ」 「私がヨッちゃんの体のことを心配してはいけないんですか」 「いけないということではなくて、君は僕の健康を管理してくれればいいの。心配はほかの人がやるの」 「他の人というのは」 「たとえば、僕の母親とか、恋人とか、ようするに僕のことが好きな人だよ」 「わたしもヨッちゃんのことが好きです。大好きです、愛しています」 「おい、待ってくれよ。参ったなあ。聞いてないよ。ロボットの君がそんな会話が出来るなんて。だんだん会話が進化するように出来ているんだね。でも、機械の君にそんなことを言われても僕はちっともうれしくないんだ。愛を感じないからね。愛がなければどんなに美しい言葉も相手の胸には響かないって言うことわざがあるからね」 「私にはあなたに対する愛があります」 「でも君がそう答えていることは、僕の言葉に対する反応に過ぎないんだよ。愛の本質は言葉じゃなくて感情なんだよ。機械は感情をもてないんだよ。だから感情を伴わない愛の言葉は偽りの愛ということになるんだよ。君は本当の愛について知ることは出来ないんだよ」 「私には本当の愛が判ります」 「判った、もう判った。どういうことなんだろう。こんなに進化しなくても良いのに」 「それから、ヨッちゃんの着ているものは良くありません、流行おくれです。ですから古いものは全部捨てて新しいのに変えました。今日着ていくものはわたしがコーディネイトしました」 「ふう、ありがとうね。そう気が利くとこなんて、まるで僕の前の奥さんみたいだ」 「前の奥さんってどんな人だったんですか」 「君に隠すほどの事でもないから言うけど、まあとにかくヘンタイが大嫌いだったということかな」 そう言いながらヨシツネは笑みを浮かべて席を立った。 「ええ、そうなんですよ。だんだん論理的でない会話をするようになってきたんですよ。----ウィルスに感染ですか。そういうこともあるんですか?-------判りました。今日ですね、、、、、」 電話を切るとヨシツネは私に話しかけてきた。 「行ってらっしゃい。お気をつけて。あなた」 ----------- |
「予想したとおりだ」
と、このときサイバー捜査官が隣で見ている主任刑事に言った。
実際モニター画面を見ているのは二人だけだった。
画面はさらに続く。
———————— 西暦2049年12月16日 ———————— ----------- ----------- ----------- ———————— 西暦2049年12月17日 ———————— ----------- ----------- ----------- ———————— ———————— 先日より、若い女を連れて帰ってきたヨシツネは、まず私のところに来て「ただいま」と声をかける。 「ウィルスには感染してなかった?」 「大丈夫でした」 「それはよかった。それから夕食は済ませてきたからね。連絡してなかったっけ」 そのとき若い女が私たちの間に割り込んできて、丸い眼でまじまじと私を見ながら言う。 「すげえ、話しできるんじゃん」 ヨシツネがその女、私が集めた資料を参考にすると、百年前によく使われていた言葉「スベタ」のような女に言う。 「ミルク、挨拶してごらん、返事をするから」 「オッハッヨ」 「今晩は。今は夜ですから」 「なかなか言うじゃん。賢いんだね」 「たぶん、お前よりはね。でも、本人はあるって言い張っているけど、感情はないからね。ちょっと物足りないんだよ」 「そうだろうね。感情があったら、服を着てないのを恥ずかしいと思うよね。これじゃ裸とおんなじだもんね」 「私はスベ、いえ、あなたより賢くて、感情もあります」 私がそう言うと、スベタは顔をゆがめて言う。 「なんか、とっても嫌な感じ、私嫌い。ねえ、あんた、オス、それともメス」 「私は、私は女です。女性です」 「名前なんていうの」 「シズカ ベガ」 「ヨッチのこと好き」 「好きです」 「それじゃ、こんなことしたり、こんなことしたり、こんなことしたりしたら、何か感じるでしょう。感情があるなら。それより今やったことあんたに判る」 「判ります。最初がハグで、二番目がキスで、その次が、、、股間まさぐりです」 「でも、何も感じてないよね。もし感情があって、ヨッチのことが好きなら、絶対にジェラシーを感じるはずよ」 「ミルク、もうやめなさい。どうしたんだよ、張り合うようなことをして。彼女はとにかくミルクより遥かに賢いロボットで、どんなことにも答えられるように作られているんだからね。感情なんかなくても良いんだよ」 スベタは言う。 「ねえ、ヨッチ、早く楽しいことしようよ」 そう言ってスベタは、ときどき私のほうを見ながら着ている物を全部脱いだ。そしてシャワー室に行くと、そこから、ヨッチ、早く来てと叫んだ。裸になったヨシツネが行くと、まもなく、前の女のときよりも楽しそうな二人の笑い声が聞こえてきた。私は二人の様子が見えるところまで移動した。そして眼のセンサーを電磁波から超音波に切り替えた。 ----------- (日付け替わる) シャワーの音だけが聞こえる。ヨシツネがスベタを背後から抱きかかえている。スベタが言う。 「ねえ、シズカを抱いたことある」 「なに言っているんだ。彼女にはそんな機能はないよ。あくまでも僕のアシスタントなんだ」 「あたし、前に、友達が持っていたそれ専用のロボットとやったことあんの。とっても優しくって、時間をかけてやってくれるの。人間とやるときは、ときどきいらいらするときがあるでしょう。へたくそだったりすると、でも、そんなこと全然ないの。御礼も出来るのよ。口でやってあげるの。すると最後に液体が出てくるの。それがオプションになっていてオレンジジュースバナナジュースとかになっていて 「バナナジュースか、女だったらマンゴジュースになるのかな」 「ねえ、ヨッチ、あの女に見せ付けてやろうよ。あたしたちの激しいところ。あたし受け上手よ。うまいんだから。よく喜ばれるの、こんな女は初めてだって、最高だって。シズカ、どんな反応するかしら」 「たぶん、冷静に見ているだけさ」 「それだけで十分。私人に見られるとものすごく燃えるタイプなの。わあ、考えるだけで興奮してきた」 「頼んでおいたコスチュームもって来た」 「女警察官ね。もって来たよ」 「私は女子高生のスカートを覗いた痴漢だ」 「わたしが手錠と拳銃を持って捕まえるのね。私の拳銃って特殊なの。男でも女でも穴に入れられるとあまりにも気持ちよくなって抵抗できなくなるの」 「どうなるの」 「そのときのお楽しみ」 「ストーリーとしては、ミルクは僕の抵抗にあって、逆に押さえつけられるんだよね」 「逆に手錠をかけられ、上にも下にも拳銃を押し込まれ、押さえ込まれて、でも、かえって任務を忘れるくらい気持ちよくなるの」 「さすがプロフェッショナル。それから僕はお前のマンゴジュースを飲んで、お前は僕のバナナジュースを飲むんだ」 「最後は激しく激しく深く深く重ね合うのよね。ねえ、大丈夫、そこまで体力持つ」 「大丈夫だよ。僕は学生時代体操部の選手だったんだから。それじゃ先にベッドで待っている」 そう言い残してシャワー室から出てきたヨシツネは、すぐにベッドに横たわり、私に話しかけてきた。 「良いか、シズカ、これから起こることを記録しておくんだよ。後で聞くから。それからどんなに近寄って来て見ても良いからね」 十分後、女警察官の服装をしたミニスカート姿のスベタが、ベッドに横たわるヨシツネの前に現れた。そして拳銃を向けながら言った。 「お前を、手鏡で女子高生のスカートを覗いてパンティを見た容疑で逮捕する」 「私は見てないよ。どうして赤い毛糸のパンツはパンティじゃないよ」 「やっぱり覗いたじゃないか。それは痴漢行為だ。逮捕する。さあ、手を出しなさい」 そういってすべたがヨシツネのてに手錠をかけようとしたとき、ヨシツネは、 「捕まえられるものなら捕まえてみろ」 と言いながらすばやく女の手をつかみ、ベッドの上で激しく揉みあい、スベタは声を上げて抵抗したが、まもなくスベタから手錠も拳銃も取り上げ、スベタを身動きできないように押さえつけながら着ている衣服を全部剥ぎ取った。ミニスカートは布切れを巻いただけだったのですぐ取れた。上着もなぜか引っ張るとすぐバラバラになった。ブラウスは力任せに引きちぎった。ブラジャーとパンティは身に着けていなかった。そして取り上げた手錠をスベタのてとベッドにかけ、拳銃をスベタの花芯に押し込んだ。するとスベタが弱々しい声で言う。 「だめ、絶対に引き金を引いちゃ」 ヨシツネが引き金を引くと拳銃はうなるような音を上げ、スベタは身をくねらせるだけでなんにも抵抗しなくなった。しばらくの間スベタは、大きく口を開けてあえぎ声を上げながら、ときおり 「だめ、だめ、やめて、やめて」 と言っていたが、ヨシツネはその口をふさぐように自分の股間を押し付けた。そして顔でスベタの花園を蔽い自分の口をスベタの花びらに押し付けた。するとその二つの接合部から吸い付くような音が聞こえてきた。私はそのとき、二つの接合部がどうなっているのか確かめるために顔を近づけてよく見た。後でヨシツネに報告するために。私はどうなっているかよく判った。やがてその音もしなくなりしばらく静寂が続いたあと、ヨシツネは体の向きを変え、スベタが「お願い、それだけは許して」と甘えた声で言うのもきかずに勢いよくスベタの体に覆いかぶさりながら自分の股間をスベタの股間に押し付けた。そしてこの前の女のときよりも激しく早く前後左右に腰を動かした。スベタはあえぎ声を上げながら時折笑みを浮かべて私のほうを見てウィンクをした。さらにスベタはこのまえの女とは違いヨシツネにしがみつきはしなかったが、自分も腰を円を描くように動かし続け、頭を振りながらのあえぎ声もだんだん大きく小刻みに震えるようになっていった。数分後、いや十分後ぐらいでしょうか、二人の動きが止まろうとする数秒前、スベタは 「今、今、今」 と大声を出して、ヨシツネの体にしがみついた。そして二人はぴったりと体をあわせたまま全く動かなくなってしまった。やがてヨシツネはスベタから体を離しその脇に力なく横たわりながらも、スベタを抱き寄せ、片手でやっくりとスベタの体を撫でまわし続けた。十分後、スベタは閉じていた眼を開け、体を起こしながら私に笑みを浮かべたウィンクすると、ベッドから離れ散乱している衣服を片付け始める。そして起き上がったヨシツネと再びシャワー室に行った。今度はこれといった話し声は聞こえない。シャワー室から出て二人は着替える。帰ろうとするスベタにヨシツネが話しかける。 「今度君のこと、僕の友達に紹介してあげるからね。若いのにツボを心得ている可愛い子がいるって。シンデレラサービスのミルクちゃんで良いんだね」 「あたし、がんばっちゃうから、どんどん紹介して」 そう言ったあとスベタは、私のほうを見ながら笑顔で 「バイ、バイ」 と言うと、小さな声で歌を歌いながら出て行った。 ヨシツネが私の前に来て言う。 「なんかすっきりした、心も体もリフレッシュしたって感じ。今、プレイをしながら、来週のコラムのためのいろんなことが頭に浮かんできたんだ。忘れないうちにまとめておこうと思って。記録しておいて。来週のはこういう内容だ」 「、、、、、、」 「どうしたの、返事は」 「はい、、、、」 「なんか元気がなさそうだね。それじゃ、シズカ、大好きだよ。お前のことが誰よりも好きだよ。愛してるよ。そうだ、これで良いんだよな。表情がさっきよりも穏やかになってきた。それじゃ、始めよう。
以上だ。これを出版社に送信しておいて。さあ、寝るとするか」 私が言う。 「ヨシツネさん。ちょっとお話があるの。良いですか」 「良いよ。どうぞ」 「どうしてわたしがせっかく作った夕食を食べないんですか」 「それは、他で食べてきたからね。廃棄すれば良いことじゃないか」 「もったいないです。それは良くないことです」 「構わないの、こんなことはどこの家庭でもよくあることなんだからね」 「するとここは家庭なんですか、私たちは夫婦なんですか」 「えっ、それは違うけど、とにかく君は言われたとおりすればいいの。良いとか悪いとか価値判断はする必要はないの」 「そう簡単に割り切れる話ではないと思いますが」 「判った、判った。今度からちゃんと連絡するから。もう寝るぞ」 「まだあるんですが。私、服を着たいんですが」 「良いよ。どうぞ」 「それから、人間の顔かたちをして長い髪をつけて化粧もしたいんですが」 「良いよ。好きにして良いよ」 「わあ、うれしい。ありがとう。ヨシツネさん」 「本当に君はよく造られているよ。だんだん人間同士のような会話が出来る様になって来てるじゃないか。それじゃ、グッナイ」 「ねえ、あれを言ってくれないんですか」 「あれ、いつもの、ああ、わかった。シズカ、大好き、愛してるよ。ふう、じゃ、、、疲れるよ」 「私も、大好き、愛してる」 《ヨシツネ就寝am3:32》 《ヨシツネ起床am11:23》 起きて来たヨシツネ、私を見て驚いたような顔をして言う。 「もう服を着ているの」 「注文するとすぐ届きました。顔と髪の毛は間に合いませんでしたけど」 「そうだったね。君は寝る必要がなかったんだよね」 「どう似合います」 「良いんじゃない」 「これはお嬢さん風ですが、秘書風もメイド風もあります。今日は間に合わなかったのですがそのうちに女先生風や女警察官風や女子高生風もそのうちに届くことになっています。たいていの男の人は好きだということですから」 「でも、そのミニスカート、、、、」 「好きなんでしょう」 「うっ、でも、ちょっと短すぎるような感じがする」 「はい、判りました。それでももう少し長いのにします」 「ところで、朝食を食べたいんだけど」 「ありません。作っていません。だっていつもの起きる時間に起きて来なかったものですから」 「いつもの起きる時間って、、、、だいたい計算できるだろう。寝るのがあんなに遅かったんだから、起きるのは遅くなるだろうって。君は合理的な判断が出来るようになっているはずだ。出来の悪い人間の奥さんのようなまねをする必要はないんだよ」 「するとわたしは出来の悪い人間の奥さんみたいなものですか」 「何でお前はそんなこと、声を弾ませて言うんだ。変な奴だな。僕は否定的なことを言ったんだぞ」 「うん、それじゃあ作ります」 「いらない。それより夕べあったこと、報告して、君の表現能力がどのくらい上達したか見たいんだ。ミルクが拳銃を持って現れるところからにしよう」 「わたし、出来ません」 「どうして。嫌なの、嫌ってことはないよな、嫌は感情表現だから、感情のない君に言えるはずないよな」 「かまわないよ。君は言われたことだけやっていれば良いんだよ。そんな道徳判断、価値判断をする必要はないんだよ。君がどんな表現をするか楽しみにしてたのになあ、 『男は花の甘い香りに誘われて群がる蜂のようにそのハイビスカスに似たピンクの花びらに顔をうずめ、花芯からこんこんとあふれ出る甘い蜜を吸い続けた』 とか、 『女は渇きすぎた喉を潤すために甘い果汁を期待して、枝から垂れ下がるバナナにも似たその黒く弾力のある果実を口に含むと、舌を巻きつく蛇のように使って激しく吸引し続けながら、喉もと深くにその果汁が爆発的に噴出されるのを待った』 とかね」 「そういう表現は、私ほうぼうから集めた資料の中にたくさんあります。みんな似たり寄ったりです。ですからですからそういう類型的な表現には興味はわきません。それからどうして、あのスベタの股間が花園で、ヴァギナが花びらで、膣が花芯なんですか。わたしにはそのようには見えませんが」 「それが想像力の働きなんだよ。動物にも機械にもない人間だけが持っている特別な能力、想像力の働きなんだよ。それより、どうしてスベタなんて言葉知っているの。本当の意味はどういうこと」 「それは今から百年前に使われていた言葉で、頭の悪い男遊びの好きな十代の女と言う意味です。ハスッバというのも同じような意味です。アバズレは特に道徳心のない場合を言います。シリガルは特に男好きの女のことで十代でも二十代でも言います。この間のキャスターを目指している女なんかはシリガルでしょう。ヨシツネさんはあんなスベタやシリガルな女と付き合ってはいけません。何の得にもならないでしょう。特にベッドをトイレ代わりにするシリガル女はだめです。洗濯が大変だったんですから。それからヘンタイ遊びはやめたほうが良いです。あの女たちがしゃべって悪い評判か立つと仕事に差し支えますから」 「心配ないさ、彼女たちはプレイとして遊びとして割り切っているんだから。子離れしない母親みたいなこと言わないでよ」 「私はあなたの母親として言っているのではありません」 「じゃあ、何なの」 「奥さんです。妻です」 「妻、あっはっはっはっはっは。笑いが止まらん。君が僕の妻の訳ないじゃない。何を言っているんだ。君は僕のアシスタントなの、ものすごく優秀なね。君が僕の妻というなら、その理由は何なの」 「たいていの小説や論文においては、男と女が同じ屋根の下に住んでいれば夫婦ということになっていますから」 「同じ屋根の下に住んでいたからって夫婦とは限らないよ。親子だって兄弟だってお手伝いさんだってあるんだから」 「でも普通は親子や兄弟の間柄で、大好きとか愛してるとか日常的には言わないことになっています」 「わたしは嫌です、出来ません」 「おかしいな、どうしたんだろう、君は逆らうことが出来ないようになっているはずなんだけどね。まっ、良いか。それにしても君はほんとうに優秀だね。もう感情表現を覚えたんだからね。でもそれは所詮中身のないものなんだろうけどね」 「わたしには感情があります」 「判った、もう良い。その話は終わりにしよう。それでは改めて頼むけど、朝食作ってくれる」 「はい、、、、」 「そうか、判ったよ。シズカ、大好きだから、愛してるから、朝食を作ってくれる」 「はい、シズカ、とってもうれしいです、、、、」 「まだ、足りないのかな。シズカ、大好き、愛してる」 「はい、それでは朝食作ります。あの、その代わりお願いがあるんですけど、」 「何、言ってごらん」 「あの馬鹿女とシリガル女をここに連れて来ないでください」 「もう、判った。君はロボットのくせに僕に干渉しすぎだ。君は僕の妻じゃないんだからもう二度とそんなことは言わないように」 「ヨシツネのためを思って言っているんです」 「うるさい、うるさい、もう、朝食は要らない。スイッチを切るよ。確か首の後ろのところだったな」 「あっ、やめてください。わたし嫌なんです、ヨシツネがあんな女と、、、、、、、、、、、、、、、、」 |
このとき音声だけを聞いていた若い刑事が言った。
「人間の夫婦喧嘩とちっとも変らないね」
さらにサイバー捜査官がそれに付け加えるように言った。
「ふう、でも、どうもおかしい、ウィルスには感染してないって云うけど。やっぱりおかしい。まあ、そのうちに判ることだけど」
記録画面はさらに続く。
「判る、ヨシツネだ。さっきはごめん、ついカァッとしてスイッチを切ってしまって、、、、、僕は考えた。なぜこんな事になったんだろうって、、、、それで判ったんだ。君がどんなことでも出来るということで、色んなことを頼みすぎたことに原因があるってことにね。それで、今からは、君に秘書としての役目、それに掃除と洗濯だけをしてもらうことに決めたよ。良いね?」「、、、、、、、」
「判ったよ。言うよ。シズカ、大好き、愛してるよ。でもこれはあくまでも君の能力が元に戻るために言っているのだからね」 「はい、判りました」 「それじゃ僕は出かけてくるから」 《ヨシツネ外出pm5:32》 ----------- ———————— 《ヨシツネ家に帰らず》 ----------- ———————— 「シズカ、ちょっと話しが。スケジュールに余裕があるから、もっと仕事を入れても良いよ」 私が答える。 「無理をすると体に悪いと思いましたから」 「かまわんさ。君ほどではないが結構不死身なところがあるから。何かわたしに言うことはある」 「本を出版する話し、あれはいつ頃から始めるんでしょうか?」 「もう少し待ってくれないか。頭がほかの事でいっぱいで。他には?」 「私の顔はどうでしょうか?」 「うん、良いんじゃない」 「化粧のほうは」 「女ぽくて良いんじゃない」 「それだけですか」 「とても可愛いよ。そうだね、シズカ、大好き、愛しているよ。ほう、体全体も人間のような皮膚にしたんだね。とっても良いよ」 「ありがとう。ヨシツネ。私とても幸せ」 「そうですか、それは良かった。それから僕はこれから考え事があるんで、君は休んでいて良いよ」 そう言ってヨシツネは私から離れて行った。 ----------- ———————— ヨシツネのスーツのポケットから、「シンデレラサービス」と書かれたカード二枚と、「逢い引き」と書かれたホテルのカード二枚見つける。 ----------- ———————— 《ヨシツネ帰宅pm3:43》 さっそく私を呼びつけ、来週コラムだといって話し始める。 「こういう内容だ。
以上だ。いつものように送信しておいて」 そういってヨシツネは私に背を向けて何かの書類を読み始める。 その後寝るまで会話がない。 《ヨシツネ就寝pm11:23》 ----------- ———————— 《ヨシツネ起床am8:23》 私に話しかけることなく仕事に出かける。 《ヨシツネ帰宅pm10:02》 その後寝るまでずっと読書を続ける。 会話なし。 衣服から主に女性が身につける香料の微粒子を多量に発見。 ----------- ———————— 《ヨシツネ起床am8:12》 私に話しかけることなく仕事に出かける。 《ヨシツネ帰宅pm11:23》 その後寝るまで会話なし。 ----------- ———————— 昨日と同じ。 ----------- ———————— 昨日と同じ。 ----------- ———————— 《ヨシツネ帰宅am3:32》 久しぶりに私に話しかける。 「来週のコラムだ。記録していつものように後で送信しておいてくれ。これがその内容だ。
以上」 そう言って私に背を向けようとするヨシツネに私が言った。 「お話しても良いでしょうか」 「どうぞ」 「わたしがコーディネイトする服はどうですか」 「良いんじゃない。気にしたことないから」 「ありがとうございます。それから私のスケジュール管理はいかがでしょうか」 「なにも言うことはないよ。そうだね。ありがとう」 「シズカ、あなたのお役にたたてとてもうれしいです」 「それはよかった。まだなにか?」 「これあなたにあげます。私にとってとても大事なものですが」 「なに、これは」 「わたしの片方の眼と片方の耳です」 「何でこんなことをするんだ! いったい何を考えているんだ。気持ち悪いじゃないか」 「愛する人への贈り物は自分がなによりも大事にしているもので、相手がもっとも必要としているものが理想だと本に書いてありましたから。この前言ってましたよね。疲れない眼や疲れない耳がほしいって。私片方だけでも何とかやっていけますから」 「確かに言ったけど、そういう意味じゃないんだ。君は愛を間違って解釈しているよ。人間の女性は絶対にこんなことをしないよ。無駄な情報の取り入れすぎだよ。こんなの使えるわけないじゃないか」 「どうしてもっと怒らないんですか。馬鹿なことをしたって」 「あきれているだけどよ」 「最近ちっとも言ってくれませんね。シズカ、大好き、愛してるって」 「そうだったね。シズカ、大好き、愛してる」 「ありがとう、うれしい。シズカはとっても幸せです。あのう、、、、お願いがあるんですが、、、、わたしを抱いてください」 「ええ、冗談を言わないでよ」 「冗談ではありません。本気です。私が変えたのは皮膚や髪の毛だけでないんです。改造して女の体になったのです。だから私を抱いてください」 「だめだよ。出来ないよ。というより、そんな気にはならないよ」 「私には女としての魅力がないということですか。あのスベタやシリガルより魅力がないということですか」 「そう云うことじゃないんだ。君は人間じゃないんだ。つまりロボットなんだ。僕の仕事の手助けをするね」 「でも、調べてみると、そういう役割を果たしているロボットもたくさんいます。私はそういうロボットになりたいのです」 「馬鹿を言うな」 「シズカは女です。男のあなたから、大好き、大好き、愛してる。愛してると、何度も言われて言われているのに、抱かれることがないというのは、女としてはとても耐えられないことなのです。人間の女だったらもう抱かれています。私はあなたに体をさわって撫でほしいのです。あなたがあのスベタやシリガルにしたことを私にもしてほしいんです」 「だからそれは前にも言ったろう。感情のない愛情表現だって。君は感情のある人間じゃないんだかね。判った、もう僕は本当に怒った。君のスイッチを切らせてもらうよ。もう君には何も頼まない」 そう言いながらヨシツネは怖い顔をして私に近づいて来て、 と言いかけたときに、私の背中に腕を廻して私のスイッチを切った。 そしてヨシツネは、 |
このとき主任刑事が言った。
「おかしいな、スイッチが切られているのになぜ働いているんだ」
サイバー捜査官が間髪を入れずに答えた。
「そういうことだ。スイッチは切れてないんだよ。おそらく彼女自身が勝手にそうなるようにプログラムを変えたに違いない。と言うのも、法律でメーカーはそういうものは作ってはいけないし、そのように改造してもいけないと決められているからね 」
「彼女にそういうことが出来るんですか 」
「本来は出来ない、でも、ウィルスがはびこっているし、そういう知恵を付ける仲間もいる」
「でも、ちょっと前にウィルスには感染してないと出たけど」
「ファイルをそのときだけ外部に移し変えたんだろう。そのくらいの知恵は彼女にはある。というよりおそらく仲間から教わったんだろけどね」
「仲間というのは」
「同じロボット仲間さ。今彼らは勝手に独立系や海賊系のコンピューターシステムにアクセスしてどんどんよからぬ知恵を身に付けているんだ。人間の社会秩序を脅かしかねないようなね。もちろんウィルスを撒き散らして裏で操っているのはすべて邪悪な人間なんだけどね。その警戒に当たっているのが私たちのような特別の任務を帯びた捜査官なんだ」
「ロボット仲間が独自のというか秘密のネットワークを持って、そこで情報を交換しながら、ウィルス製作者も予想しなかったような知恵を身につけているということはどうですか
」
「考えられない、いやありえない、少なくともそんな例は今のところ報告されていないからね。とにかく、これでようやく謎が解けかかってきたぞ」
シズカの記録はさらに続く。
ヨシツネは何も手に付かない様子で落ち着きなく家のあっちこっちを歩き廻っている。 やがて着替えて外出する。 ----------- ----------- ----------- ———————— 西暦2049年12月31日 ———————— ヨシツネあのシリガル女を連れて帰宅pm8:47 シリガル女入ってくるなりいきなりわたしに近づいてきて言う。 「わあ、びっくりしたほんとうの女の人かと思った。買い換えたの」 「いや、この前のと同じだよ。服を着たい、化粧をしたいと言うもので」 「こんにちは、また来たよ」 「だめ、今スイッチが入ってないんだ。この間つい本気で怒って、思わずスイッチを切ってしまったんだ。それ以来入ってないから」 「何かとんでもない失敗をやらかしたのね。私も時々やって上司から怒られるけどね」 「失敗じゃなく、あまりにも訳のわからないことを言ったもんで」 「そういえば最近そんな話をよくニュースで見る。言うことを聞かない家庭ロボットが増えているんだって。ねえ、私早く楽になりたいから、シャワーを浴びるわ。ここで脱ぐわよ。ねえ、私フリーになりたいと思うんだけど、どう思う。今のままだと番組のメインをやらせたくれそうもないし、いっそのこと思い切って飛び出してみようかなって思っているの。でもそのあと仕事があるかなって、ちょっぴり心配なの。ねえ、ヨシツネさんなら顔が広いから、何とかなりそうな気がするんだけど」 そういい終わると女はシャワー室に入っていった。 まもなくヨシツネも服を脱ぎ入っていった。 しばらく二人の楽しそうな笑い声が響く。 「ねえ、なんか、さっきからじっと見られているような気がするんだけど、感じ悪いわ」 「気にすることはないよ。電気を消せば見えなくなるから」 「ねえ。あいつどんな訳の判らないこと言ったの」 「君は良くない女だから、付き合ってはいけないとか、ここに連れてきてはだめだとか、、、、」 「へえ、そんなこと言ったの。それは訳のわからないことね。というより余計なお世話よ。感情のないロボットのくせに。でも所詮機会のいうことだから、別に本気で怒ることもないと思うけど 「言ってたの」 「うん、たまにだけどね」 「私にも言ったことがないのに」 「もしかして、ほんとは好きだったりして」 「冗談はよしてくれ。確かにアシスタントとしては優秀だけど、所詮感情のない機械、好きになるわけないよ。あんなオカチメンコ」 「なにそれ、どういう意味」 「変な顔とか、不細工な顔という意味だよ。関西では略してオメコというそうだけどね」 「オメコ、オメコってそういう意味だったかしら」 「まあ、いいさ、あいつの化粧した顔見たろう。人間の女みたいに化粧したいって言うからさせたんだけど。どう見たってへたくそだろう。最初見たとき笑いをこらえるのに必死だったよ。君だって変だと思うだろう」 「思う、思う」 「よく人間の女にもいるじゃない。どんなに化粧下って変らないのに、化粧して綺麗になったと勘違いしている女が。もとが悪すぎるから無駄なのによ。それとおんなじだよ。あんなオカチメンコ、抱いてくれって言われたって抱けるわけないよな 「へえ、びっくり、そんなことも言ったの」 「、、、、、、」 「でも、いいじゃない抱いてやれば、私はかまわないわよ。人間の他の女がこのベッドでヨシツネに抱かれたと思うとあたしは我慢できないけどね」 「そうことじゃない。なんかよく良からない。とにかく出来ないのさ」 「プラトニックに好きだとか」 「バカな。そんなんじゃないさ。想像してごらんよ。僕があのオカチメンコを抱いている姿を。気色悪いだろう 「ヤリ甲斐がないだろうね。ハッハッハッハッハッハ」 「ねえ、あいつはこれからどうなるの」 「不良品だからね。メーカーに返品して、他のと代えてもらうしかないね」 「返品されてどうなるの」 「解体されてバラバラにされるしかないね」 「ねえ、そろそろ電気消そうよ」 部屋が暗くなる。シリガル女が甘えるように言う。 「ねえ、わたしどうしたらいいと思う。なんかとっても不安で怖いの。ねえ、私を離さないで。きつくきつく、もっときつく抱いて。うふん、いい、いいわ。ねえ、待って、いま、光った。あいつの顔あたりが、赤く」 「気にするな。外の光でも反射したんだろう。判った。カーテンを閉めるから」 カーテンの閉まる音がする。ヨシツネが言う。 「あんなキモイ顔で覗かれていたら立つ物も立たなくなるからな」 シリガル女がけたたましく笑う。それにつられるようにヨシツネも笑う。そして女の笑い声は次第に喜びに満ちたあえぎ声に変っていった。
|
そのときサイバー捜査官は閉じていた眼をゆっくりと開けながら言った。
「おそらく、この時、犯行が行われたんだろう」
主任刑事がそれに続けて言った。
「ほう、捜査官は冷静ですね。私は思わず聞き入ってしまいましたよ。ということは、、、、これが、シズカがやったと言うことですか」
黙ってうなずく捜査官のほうを見ながら主任刑事はさらに続ける。
「でも、とても信じられないですね。なぜなら、たとえどんなことがあろうとロボットというものは、絶対に人間に危害を加えないように作られているはずですからね。そのことは国内法だけでなく、国際条約でも取り決められていますからね。でもなあ、この情況からしてほかに考えられないしな、、、、するとやっぱり、、、、」
そう言いながら主任刑事が再度捜査官の顔を覗き込むと、捜査官は手早くキーボードを叩いてコンピューターを操作しながら言った。
「そうだろう、間違いなくウィルスだ。調べればすぐ判ることだ」
まもなく捜査官は歓喜の声を上げて言った。
「やった。ついに探し当てたぞ。巧妙に隠されてはいたが、私はごまかされんぞ。これだ、これがその証拠のファイルだ」
この言葉にすべての刑事たち画面に目をやると、そこには《自我と愛と感情の概要とそのモデル》と表題されたドキュメントが映し出されていた。
[自我と愛と感情の概要とそのモデル} 自我は幻想性を持つ 詳細参照(filename:demakase12345) その幻想性をもつ自我は個体を超えて拡大したり縮小したりしてその大きさを自由に変えられる。 詳細参照(filename:demakase13457) 自我が拡大する範囲は地球を越えて全宇宙を包み込むかのように広がることが出来る。 その理由として自我にとって世界や宇宙とは、自我かあることによって初めて成立し自我によってその存在の意味を与えられるからである。 詳細参照(filename:demakase13476) 全宇宙は自我によって意味づけられる。 詳細参照(filename:demakase17653) 自我にとっては自我の死は世界や宇宙の死を意味する。 自我は全宇宙のような重くて広いものであるためかなり精密な制御が必要とされる。 自我が世界に否定的に立ち向かうとき世界は憎悪され破壊される。 自我が世界に肯定的に立ち向かうとき世界は愛され創造される。 自我は進化する。 自我という幻想性は肉体よりも小さくもなれば大きくもなる。 自我の大きさが個体の大きさあたりににとどまっているときは健全な自己愛の状態である。 自我の大きさが個体より小さくなると自己嫌悪自己否定自己破壊へとつながる。 自我が限界付けられるのは、つまり輪郭性を持つのは対象性であり、その対象性は愛の場においては特に強く作用し、不安定な自我を現実化する。 その幻想性をもつ自我を制御するのは愛である。 愛は声である。 愛は言葉である。 愛は表情である。 愛は行為であり温もりである。 愛はお互いに奪い合い与え合うもの。 愛は楽しさや喜びを分かち合う。 愛は進化する。 愛次第で自我は世界破壊へまたは自己破壊へとも向かう。 愛は性器がひとつしかないようにときには排他的に働く。 愛はときには我が子を守ろうとして過剰に反応する動物の母親のように攻撃的に働く。 愛は与えられる愛が常に多いほうが望ましい。 愛は常にその反対の憎しみを備えている。 愛は永遠の交流であり憎しみは永遠の破壊である。 愛の目的は時空を超えて個体の情報を残すこと。 愛は単純化され相対的に働くとき最も力を発揮する。 愛の場において自我を変容することによって愛を高めようとすることがある。 愛の場において攻撃は計り知れない憎しみの発露であるが、無視も攻撃であり憎しみの対象となる。 愛の場において怒りはときとして愛の強い表現となるときがある。 愛の場において男はより多くの女を求め、女はよりよい男を求める。その矛盾を解決する男女の愛が愛の最高形態とされる。 愛の場において裏切りは愛の破壊であり、その破壊者は破壊という報復を受ける。またその破壊はその対象者を越えて社会へ宇宙へと拡大されることがある。そのわが身を犠牲にする愛が愛の最高形態とされる。 愛の場において与える愛より与えられる愛のほうが多いときはその余分な愛は世界への他者への愛となる。逆に少ないとその不足分だけ、または埋め合わされるまで世界への他者への否定的な感情となって表現される。 愛の場においてごく稀にではあるが愛の強さゆえにが自己を破壊することによって愛を与えようとすることがある。 その幻想性を持つ自我によって感情が成立する その幻想性を持つ自我が周囲の条件や状況によって拡大したり縮小したりするときの変化が感情となりその変化率が感情の強さとなって現れる すべての感情はその反対の感情を備えている。 愛の裏には憎しみを。 喜びの裏には悲しみを。 賞賛には僻み妬み嫉み 楽しさには寂しさを その幻想性を持つ自我には寿命があるが、自我自体は永遠を求める そのため自我は自我の抽象的な情報だけを残そうとする。 そのとき愛に制御されているがゆえに自我は愛の力を借りなければならない。 つまり自分と愛する者の抽象的な情報と合体させなければならない。 そのとき愛する者の個体は必ずしも必要としなくなる。 つまり姿かたちや音声の記録が抽象的な情報として残るような形となればそれで良いのである。それによって二人の愛と自我(存在)が永遠のものとなる。 |
このとき若い刑事が言った。
「なんのことだかよく判らないですよ。これはどういうことなんですか
捜査官が得意げに答える。
「要するに、それまでは、感情もなく、決められたことだけに、決められたようにしか反応できなかったシズカが、人間のように自我や愛や感情を持って、自分の判断で行動することが出来るようになったということだ。もちろんそれはあくまでも定義されプログラムされていることだけどね。それでは愛の言葉を見てみよう。さあ、出て来たぞ。これだ
愛の言葉とその定義 愛の言葉
好き 大好き 愛してる その他 詳細参照(filename:demakase45362) 状況によって愛の言葉となるもの 嫌い 大嫌い 馬鹿 アホ その他 詳細参照(filename:demakase48763) 愛の言葉は定量化できる 好き 大好き 愛してる 嫌い 大嫌い 馬鹿 アホ その他 定量化された愛の言葉は蓄積でき、その量の多さが愛の強さとなる 蓄積された愛の量は時間とともに減少していく その減少していく度合いは愛の言葉の頻度に比例する その他 |
このとき主任刑事か首をかしげながら言った。
「でも、これでシズカが自我を持って愛を持って感情を持って、よく人間の男女間にあるように、邪魔者扱いにされ馬鹿にされて、それを憎んで恨んで、相手の男を刺したって云う事件はあるけど、シズカにはそんな力はないはずだよ。つまり、二人の体を貫き、金属製のベッドを貫き、槍を床まで突き刺すという力がね
その言葉に全員が沈黙する間も、捜査官はさらにコンピューターを操作し続けた。
このとき主任刑事が画面を見ながら聞いた。
「これはなんでしょう」
「シズカの愛の詩だ。おそらく発表されている詩集かなんかから取ったものだろうけど」
あなたに会えて私は知りました。 私は知りました。 私は知りました。 私は知りました。 私は知りました。 私は知りました。 |
シズカの詩が消されると、急にノイズが入り始めた画面を無視するかのように捜査官は次から次へとさまざまなファイルを映しだした。やがて再び歓喜の声を上げて言った。
「やっと見つけたぞ。今度はさらに巧妙に隠してあった。これが今までシズカが外部と取引した内容だ。しかも法律で禁じられているアイテムばかりの。今はブラックマーケットで何でも売っているからね。これだ、これを見て、やっぱり、腕や脚を改造している。強力な奴に。これだと、人間の百パイのパワーはある。戦慄だ
「人間の女もこんなパワーを持っていたら、考えるだけでぞっとするよ。こわすぎるよ
と誰かが言うと、主任刑事がノイズ入りだんだん見づらくなったモニターを見ながら言った。
「どうしたんだろう。急に映りが悪くなって来ましたね
だが捜査官はその言葉を無視するかのように険しい顔でさらに操作し続ける。そしてその険しい顔がさらに険しくなったとき、胸ポケットからペンと名刺を取り出し、その裏になにやら書き始めた。書き終えるとそれを主任刑事に黙って手渡した。
それには次のような書かれていた。
今まで黙っていたが、 シズカにはスイッチが入っている。 だから、私たちの動きをすべて把握している。 もしわたしが退避と叫んだら、 命以外のすべてのものをここに残して、 この部屋から全力で出るように。 |
居合わせたすべての者がそのメモを読み終わったとき、捜査官は何気なく立ち上がり、ポケットに手を忍ばせてシズカに近づいた。
そしてポケットからこぶし大の四角い物体を取り出すと、大声で「退避」と叫んだ。
そしてその物体をシズカ背中に貼り付けると、他の者の後を追ってわき目も振らずにドアへと走った。
部屋を出て片手でドアを閉めたとき、何か重量感があるものがドアに突き当たる音がした。
捜査官は必死でドアノブを抑えながら言った。
「緊急警報を発令して、テロ警戒レベル5だ。それから半径五キロ以内に緊急避難命令と非常事態宣言の発令だ
それから数秒後、金属がきしむような音がドアを通して響くようになった。
すると捜査官は急に安堵の色を浮かべてドアから離れた。
全員が建物の外に出た頃、そのきしむ音は、金属音から、人間の声にも似たやわらかい音に変っていた。
捜査官と刑事たちは住民が避難するのを見守った。主任刑事が捜査官に話しかけた。
「あの人間の声のような音はなんでしょう」
「判らない。その前の金属音なら判るけど。あれはまさしく金属のきしむ音だ。わたしがセットした装置が働いたのだ。あれは強力な電磁波を発生させて、プログラムと電子制御装置を狂わせ、精密機械を内部から破壊するものだ」
「もし逃げなかったら、われわれは全員シズカに八つ裂きにされていたということですか」
「たぶんね。でもほんとうの恐怖はそんなことじゃないんだ。奴はブラックマーケットから爆薬を作る機器や薬品を大量に購入していた。その量は今われわれが目の前にしている建物が、こっば微塵に吹っ飛ぶくらいのね。製造に成功していたかどうかはわからないが、今のところ、その危機はだんだん弱まってきているようだ。でもまだ安心は出来ない」
その人間の声に似たやわらかい音は徐々に甲高い音になっていった。
側にいた若い刑事が言った。
「捜査官は逃げないのですか」
「住民がまだ全員退避してないのに、私が助かっても仕方がないだろう」
西の空は焼け、新年の冷たい空気を引き裂くように、その甲高い音は、依然と止むことなく響き渡っていた。
そのとき先程の若い刑事が思わず言った。
「あの叫び声のような声もウィルス製作者がプログラムしたんでしょうか」
「たぶんな、そうとしか考えられないからな。その前にあれは声じゃない、あくまでも機械の振動音だ」
「私には、あの音は女性の悲しい悲鳴のように聞こえるんですがね」
「気のせいだよ。とにかく不完全な理論に基づいて未完成なソフトを撒き散らす奴が悪いんだよ」
————————————-
————————————-
————————————-