賢すぎる王様 

    その後この王国はどうなったかですが、論理的合理的思考の得意な読者には、もうお判りだと思います。

  * * * * * * * * * * * * * * * * *
      賢すぎる王様 

 

              真善美
  * * * * * * * * * * * * * * * * *
 それが未来のことなのか、過去のことなのか、どうでも良いんですけどね。

 さて、いつの頃のことでしたか、周囲を山と川と草原と砂漠に囲まれた王国かあったのですよ。
 その国の王様はとても誠実で賢いだけではなく、思いやりがあり、国民が悲しんだり苦しんだりするのを見るのが、とても嫌だったので、いつも国民の幸せだけを考えて国を治めていたのですよ。
 しかも、国民も王様を父親のように慕い、頼りにしていたのですよ。
 それで、その評判の良さは周囲の国々にも広まっていたぐらいなのですよ。

 王様は、とくに国民に不満顔されることが、とても嫌だったのですよ。
 なぜなら、それは自分を信頼して期待している国民を裏切っていることになり、賢王であるというプライドか傷つけられているような気がしていたからですよ。

 それで重臣の意見を良く聞くだけではなく、国民の意見も良く聞いて、政治を行っていたのですよ。
 国民もそんな王様のやることをいつも心の底から信じていたので、政府の政策に進んで協力したということですよ。
 それで産業はますます発展し、国民の生活もどんどん豊かになったのですよ。

 その政策の主なものとしては、まずは、

 すべての国民の状況を把握するために名前や年齢や職業を役所に登録させたうえで、
 国民の貧富の格差を小さくするために特権階級をなくしたり
 国民の教育レベルを上げるために学校をたくさん作ったり、
 国民が病気で苦しまないように病院をたくさん作ったり、
 国民が労働を嫌いにならないようにと職業訓練所をたくさん作ったり、
 国民の相互理解を深めるために頻繁に討論会を催してその内容を国民に広めたり、
 新しく打ち出す政策に国民が希望が持てるように、宣伝隊を作って公布活動を行ったり、
 効率的な政治を行うために、国の内外から優秀な人材を集め養成し登用したりしながら、
 隣国から入ってくる者を厳しく検査して怪しげな者や変わり者は入らないようにしたのですよ。

 その結果、自分の力だけでは生きていけないすべての者は、ことごとく平等に扱われ手厚く保護されるようになったので、物乞いはおろか、日々の生活に困る者など、国内のどこを探しても一人もいなかったのですよ。
 そのうえ、国民は何をやろうが自由で、自分がなりたいものには何にでもなることが出来たのですよ。
 さらには、そんな王様の影響なのか、役人も人の上に立つ者も皆優秀で、国民の誰でも自分の望むものは、それほど苦労もせずに何でも手に入れることができ、欲望は常に満たされていたのですよ。
 だから、国内では暴動も、犯罪も、自殺者もまったくないということで、隣接する四つの国からは、とても羨ましがられていたのですよ。

 ところが、その賢すぎる王様は、そんな自分の国の有様を見ても、また噂として伝わってくることを聞いても、ちっとも気分は良くならなかったのですよ。
 むしろ不満なくらいなだったのですよ。
 というのも、こんなにも国が繁栄し、国民の生活が豊かになっているのだから、国の隅々から

「わたしたたちはこんなにも幸せです。
これもみんな賢い王様のおかげです」

という声が澎湃として起こってもいいはずなのに、それがまったくと言っていいほど聞こえてこなかったからですよ。 

 そこで王様は、自分の国だけではなく隣接する四つの国からも、民衆から賢者として尊敬されている人たち(たとえば、宗教家、学者、評論家)や、それに名の知れた芸術家やアーティストたちを集めて、

「なぜ国民は幸せと感じていないのか、なぜ国民は自分に感謝をしないのか」

を調査をして、その結果を報告書にまとめて報告するようにと命じたのですよ。

 数ヵ月後その報告書は人間の背丈にもなる書類の山となって上がったのですよ。
 
 それによると、報告書の概要は次のようであったのですよ。

 
 《我が国が豊かで平穏であるのは、
 王様が誠実で賢いだけでなく、
 国民も勤勉で教育レベルが高いために、
 国内の政治的経済的なさまざまな活動や運営が、
 効率よく合理的に行われているのは間違いないのであります。
 ところが、
 よくよく調査してみると、
 誠実で勤勉であるというのは国民のすべてではなく、
 およそ十人に一人ぐらいは、
 働けるのにもかかわらず、
 ほとんど、いやまったくといっていいほど、働かないで、
 自分の家族のもとに寄生するようにして暮らしている者がいるということである。
 そして、そのことが原因で、つまり、
 勤勉であることが損をしているような気持ちにさせて、
 国民自身が幸せとは感じていない、
 ひいては自分たちの生活がこんなにも豊かであるにもかかわらず、
 国民のためを思って政治を行っている自分たちの王様に、
 なんら感謝する気も起こらないという気持ちにさせているのではないか、
 ということである》
 報告を受けて王様は、最も近い重臣でもある国の首相と調査委員会の委員長を部屋に呼んだ。
 そして話し合ったのですよ。

 〈王様〉
「この報告書の内容は本当か」
 〈調査委員長〉
「本当でございます」 
 〈王様〉
「そんなに働かないものがいるのか。
働かざるもの食うべからずというが、とんでもない奴らだな。家族のものに不満はないのか」
 〈調査委員長〉
「不満だらけです。
ごくつぶしとか、無駄飯ぐらいとかと、みんな呆れ顔で罵るように言います。
いなくなってくれたらどんなにせいせいするだろうかという人もいます。
あれじゃ、仕事もあり生活も豊かだといっても、幸せな感じはぜんぜんしませんね。
調査で歩いていると、至るところからそんな話しが聞こえてきます」
 〈王様〉
「働けるのに働かないで、家族の幸せの足を引っ張る、とんでもない奴らではないか。
首相、この事態を君はどう思うか」

〈首相〉
「働きもせず家族の幸せの足を引っ張る。
まあ、普通に考えれば、この国から出て行ってもらうということでしょうか。
つまり追放ということでしょうか。
家族からも忌み嫌われているんだから、反対する人はいないでしょう」
〈王様〉
「委員長、君はどう思うかね」
〈調査委員長〉
「たくさんの不満をぶちまける人を見てきましたから、彼らの曇った表情が晴れやかなものになるなら私は大賛成ですね」
〈王様〉
「その怠け者らはいったい何をやって毎日を過ごしているんだ。
退屈ではないのか」
〈調査委員長〉
「それなりにやっているようです。
人によってそれぞれですが、賭け事、遊興、娯楽、その他と、なにしろ我が国は、国民は何をやろうが自由ということで、他国の評判にもなっているくらいですから」
〈王様〉
「本当に誰もが賛成してくれるだろうか」
〈調査委員長〉
「間違いないです。
家族でさえ無駄飯ぐらいが居なくなれば自分たちはもう少し楽に成る贅沢が出来ると思っているのですから、他の者にそんな人はいないでしょうね」
〈王様〉
「首相、君の意見は」
〈首相〉
「国を支えているのは経済です。
その経済にそれまで貢献してこなかったものが居なくなったからといって、国がどうなるというものでもないでしょう。
家族が賛成しているなら文句いうものはいないでしょう。
文化人や評論家でもきっと賛成してくれますよ。
なにせ我が国の知識のある人たちは合理的に物事を考えることが出来ますから。
追放する条件をつければいいんですよ。
家族から承諾書に署名してもらうとか、本人が怠け者であること確証するための書類に近所の五名以上の人にサインしてもらうとか、それにたとえ追放されても、心を入れ替えさえすればすぐに帰ってこれるとかね。
それから最も重要なことは、我が国は王様の国民を思う気持ちから、人間の自由や人間らしさをもっとも大切とするという考えのもとに、実現された理想国家のようなものですから、追放者の同意書を必ず添えれば、批判や混乱はきっと避けられると思います」

〈王様〉
「よし、それでいいだろう。
詳しいことは首相にまかせる。
それではただちに追法令を公布して実行するように」
数ヵ月後、国民の目立った反対の声もなく、怠け者と烙印を押された者たちが、周囲の四つの国に追放されたということですよ。

 追放されたといっても自由の国の国民なのですから、彼らは自分の行きたい国を選ばせられたということですよ。
 その数は国民の約八パーセントということですよ。
 ところが、それから三年たっても、追放前より生活がより豊かになり自分たちが幸せになったという声は国民のあいだから少しも聞こえてこなかったということですよ。

 そこで王様は再び調査委員会にその調査を命じたということですよ。
 報告書はすぐに上がったということですよ。
 それによると、報告書の次のように簡単なものであったということですよ。
 それまでの怠け者を追放してしばらくすると、どういうわけかそれまで怠け者でなかったものが怠けるようになり、それが以前のような状態にもどったのが最大の原因のようです。
 報告を受けて王様は再び首相と委員長を部屋に呼び、話し合ったということですよ。

〈王様〉
「これは本当か、ちゃんと調査しているのか」
 

〈調査委員長〉
「本当です。間違いありません。
私自身も脚を棒にして歩き廻って調べましたから」
〈王様〉
「わかった。それじゃ、また追放じゃ。
国王としてそう簡単に方針を変えるわけにはいかないからな。
権威が掛かっているからな。首相の意見は」
〈首相〉
「王様の判断には少しも不合理なところは見られませんから、私は賛成です。
ですが、その時期はただちにではなく、もう少し遅らせたほうがいいと思います」
 そして最初の追放から五年後再び怠け者が追放されたということですよ。
 その数は前回のように国民の約八パーセントということですよ。

 ところが、それから三年たっても、最初の追放ときと同じように、生活がより豊かになり自分たちが幸せになったという声は国民のあいだから少しも聞こえてこなかったということですよ。

 そこで王様は今度はまずは首相と委員長を部屋に呼んで話し合ったということですよ。

〈王様〉
「本当に怠け者を追放したのか。
ちゃんと調査したのか」
〈調査委員長〉
「ええ、必要書類はきちんと残っています。
絶対に間違いございません」
〈王様〉
「首相、追放過程で何か不正があったというわけではないだろうな」
〈首相〉
「断じて、でも、ええと、怠け者、怠け者だけを追放したのかというと、そうでもない、そうはっきりと決められないところがありまして、ここからが怠け者でここからは怠け者でないとか、こいつが怠け者でこいつは怠け者でないとか、なんというか、つまり、、、、」
〈調査委員長〉
「あっ、えっ、私たちはきちんと調査しました。
基準を設けはっきりと区別をつけました。
もちろん本人の未来を左右する問題でありますから、判定が少し甘くなったところもありますが」
〈首相〉
「私たちもあがってくる書類どおりにやりました。
そうではなく、その、実は、王様もご存知の通り、我が国に犯罪者は居ないということになっていますが、その数があまりにも少ないので公表されてないだけで、実際にはいます。
それからホームレスも。
犯罪者を閉じ込めておくのも、ホームレスを収容しておくのも結局経費が掛かります。
それに、怠け者か怠け者でないのか本当に判断が付きかねるものもいます、国の経済活動にはまったく参加せずに自分だけで孤独に生きている変人です。
いわゆる自分さえ生きられれば他のものはどうなっても構わないと思っている人間です。
彼らは国の経済にまったく貢献していない、つまり非生産的な人間という点では怠け者と少しも変るところがないのです。
ですから、私独自の判断で、犯罪者もホームレスもそして孤独者もいっしょに追放しました」

〈王様〉
「犯罪者やホームレスというのは判るが、孤独に生きている変人というのはなんだ」
〈首相〉
「大衆から離れて、山にこもったりして詩を書いたり考え事にふけったりして自給自足しているものや、家族と暮らしながら無意味なことやなんにも役立たないことをやって時間をつぶしているいるものたちです。
いかに我が国が自由の国といってもこれは度が過ぎています」
〈王様〉
「昔からそんな人間が居るっていう話は聞いているけど、なにか危害を加えるわけでもないだろうと思うけど。
それに非生産的といったら、芸人はどうなんだ。
旅芸人とか大道芸人とかお笑い芸人とかは」
〈首相〉
「人間というのは何かをやって入れは、それなりに他の人間の役に立っているものです。
どんな遊興や娯楽だって、それを求めてお金を払うものが居れば、立派な経済活動となるのです。
国民に楽しみや喜びを与えるだけでなく生きがいや活力を与えながら、その上国の経済に貢献するのですから、それらは見た目よりも遥かに有益です。
ところが孤独な変人はどうでしょう。
いったいどんな貢献をしているでしょうか。
詩を書いたり考え事に耽ったりしているだけだから、危害を加える訳ではないのですが、でも居ても居なくてもそんなに変わりはないともいえるのです。
まあ、詩を書いている孤独者は、ほとんど人畜無害ですが、でも、考え事にふけっている孤独者は要注意です。
なぜなら彼らは虫の居所が悪くなると、大衆の前に出てきて、自分の考えていることや作り話を言いふらすのです。
政治家を批判したり、国の将来を予言したりしてデマを聞き散らして、国民を惑わすのです。
ふだんは真面目に相手するものなど居ないのですが、天災や不作で民衆が不安になっているときには、それを信じるものが現れかねないのです。
たちの悪いものは大衆を扇動しかねないのです。
そうなると国内は大混乱になってしまいます。
ですから、そういう考え事にふけっているものは役立たないものとして、いや、いずれのときにか混乱の種を播く者として、追放することはものすごく理にかなったことなのです」

〈王様〉
「それじゃ、祈祷師や占い師はどうなんだ。
奴らはでまかせを言って国民をたぶらかしているようにしか思えないが」
〈首相〉
「お言葉ですが、王様、彼らがたぶらかすのは個人です。
大衆ではありません。
ですから国が混乱に陥ることはありません。
それに彼らはお金を取ります。
それはもう申し分のないな経済活動です。
ところが予言者といわれるものは、お金を取らないことが道徳的なことのように思っているらしく、お金を絡めないのです。
そこまでいくともう非国民的行為です。
それだけ始末に終えないのです」
〈王様〉
「判った。
でも、そういうことだと、経済学者も同じようなもんではないか。
みんな自分の好き勝手なことをいって、誰が真理を突いているか判らないではないか。
誰の言うことを聞いていいのか、どれほど悩んだことか。
結局、、、、まあ、その点、居ても居なくても変りはないということでは同じようなものではないか。
それから、非生産的といったら、歴史学者や、言語学者や、道徳学者や、心理学者や、動物学者はどうなんだ、みんな同じようなものではないか。
いっそのことみんな追放したらどうだろう。
どう思う」
〈首相〉
「いや、学者というものは今のままで良いのです。
なぜなら見かけ上は純粋な動機で研究しているように見えますが、最終的にはお金が絡んでいますから、これも歓迎されるべき経済活動です。
ほとんどの人間というものはいつも好奇心に満ち溢れ、探究心や知識欲が旺盛ですから、お金を払ってまでもそれらを満たして、潤いのある人生の実現に役立てたいと思っています。
また悩みを抱えているものは、その道の権威に相談して解決してもらおうと思っています。
でも本当のことを言うと、役立つとか解決するとかは二の次なのです。
水が高いところから低いところに流れるように、お金が流れる、移動するということがもっとも重要なのです。
国の根幹である経済に貢献しているわけですから。
それから、経済学者がなんと言おうと、最終的にどのような政策を採用するかは王様の決断です。
結局、王様が今まで正しい判断をしてきたから、現在のような繁栄があるのではありませんか」
〈王様〉
「まあ、半分冗談としても、でも、作り話を言いふらして国民を惑わすという点から見ると、宗教だって似たようなものではないか。
いや、やめよう、学者や宗教家を悪く言うと後が大変だからな。
なにしろ彼らは理論的に脅迫するタイプだからな」
〈首相〉
「確かに宗教は、非生産的かもしれませんが、国民に夢や希望を与えながら多くのお金を動かすことが出来ます。それも大量に。これこそ最も効率のよい経済活動です。
それが、より多くのお金が掛かる宗教ほど高等な宗教とされる所以です」
〈王様〉
「よし、判った。
私は有能な家臣を持ったことを幸せと思うよ。それで、」
〈首相〉
「なにも躊躇することはございません。
怠け者や徒食者は追放すれば良いだけのことです。
これまで不満らしい不満は聞いたことがありません。
それはそうでしょう。
追放政策のおかげで生活に余裕ができ楽になったのは確かだからです。
みんなそのときのいい思いを知っているので反対するものは居ないでしょう。
むしろ時間が経って再び怠け者が出てきて徐々に生活レベルが下がっていくのを感じている者たちは、再度、いや何度でも怠け者を追放してくれないかと積極的に望んでいることでしょう。
我が国がこれほどの繁栄を築き上げたのは、王様の合理的で理性的な判断による先進的な政策のおかげなのです。
これからもこのような政策を取られることを心からお願い申し上げます」
〈王様〉
「判った。私はこれまでの方針を少しも変えるつもりはない。
すべては首相に任せる。今まで通りにやってくれ」
〈首相〉
「さすが王様、全世界に誉れ高い我らが賢王!」
    ・・・・・・・・・
 その後この王国はどうなったかですが、論理的合理的思考の得意な読者には、もうお判りだと思います。

 有益なことや役に立つこと、それに、無駄がない効率のよい生活が良いことだとして、それだけを求め実現しようとする国や社会は滅亡するかどうかは、判らないとしても、少なくとも衰弱し縮んでいくということだけは確かなようですよ。
  (おしまい)