愚かすぎる王様

無益なこと、役に立たないこと、それにどことなく無駄ある非効率な生活が、それほど悪いことではないとして、それを容認するする国や社会は発展するかどうかは判らないとしても、それを原因として衰弱し縮んでいくということは決してないということですよ。


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       愚かすぎる王様

                真善美

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 それが未来のことなのか過去のことなのか、どうでも良いんですけどね。

 さて、いつの頃のことでしたか、周囲を海と、川と、草原と、砂漠に囲まれた王国かあったのですよ。
 その国の王様はとても愚かなだけではなく、国民の幸せなんてまったく考えずに国を治めていたのですよ。
 だから国民は王様のことがとても嫌いで、信頼なんかぜんぜんしていなかったのですよ。
 それで、その悪評は周囲の国々にも広まっていたぐらいなのですよ。 

 王様は、国民にどんなに不満顔されようが、まったく平気でした。
 なぜなら、老若男女を問わずあらゆる職業の人たちが、自分を批判したりあざ笑ったりしても、ちっとも気にならかったくらいでしたから。

 とにかく王様は、国民の幸せよりも自分の幸せにしか関心がなく、自分が世襲の王として、今まで通りやっていければ、それで良いと思っていたのでしたから。

 そんな訳でしたから国の政治も官僚に任せ放しだったのですよ。

 ほとんどの国民もそんな王様を馬鹿にしていただけでなく、政府のやることにもまったく期待していなかったので、その政策を意識的に無視して、自分たちのやりたいようにやっていたのですよ。 
 そう云うことですから、産業がとくに発展するという訳でもなく、国民の生活もこれといってよくなるという訳でもなかったのですよ。

 それで、国の政策は何年たっても従来どおりの変わり映えのしないものだったのですよ。
 国民のあいだでは、隣国のように

 《国民の貧富の格差を小さくするために特権階級をなくしたり、
  国民の教育レベルを上げるために学校をたくさん作ったり、
  国民が病気で苦しまないように病院をたくさん作ったり、
  国民が労働を嫌いにならないようにと職業訓練所をたくさん作ったり、
  国民の相互理解を深めるために、頻繁に討論会を催して、その内容を国民に広めたり、
  新しく打ち出す政策に国民が希望が持てるように、宣伝隊を作って公布活動を行ったり、
  効率的な政治を行うために、国の内外から優秀な人材を集め養成し登用したりしながら、
  隣国から入ってくるよそ者は厳しく検査して怪しげな者や変わり者は入らないようにする》

という政策を見習ったらどうなのか、という声がときどき上がるのですが、愚かな王様といえどもプライドだけは賢王なみで、よその国の猿真似は絶対に嫌だということで、意地でも取り上げようとしなかったのですよ。
 王様が動かなければ役人たちも動きようがないので、結局それらが国の政策はなることはなかったのですよ。

 そんな王様ですから、重臣も官僚も無能といってもよいくらいにやる気がなく、しかも役人の不正や汚職もはびこっていたので、庶民のほとんどは、噂に聞く隣国のような豊かな生活など夢のまた夢と諦めを感じていたのですよ。
 でも、そうは言っても生きていかなければならないので、国民は、苦境に陥ったときなどは自分たちで知恵を出し合いながら、お互いに協力して何とか生活していたのですよ。
 何しろ王様が愚かといっても、国民の自由を束縛するほど愚かでも、また国内に活気がないからといって、弱そうな国に戦争を仕掛けて富を奪おうなど考えるほど発想が常識的、いや愚かではなかったようですから。

 それで自分の力だけでは生きていけないすべての者は、家族に支えられてなんとか生きていたのですが、国内はそれほど豊かではなかったので、物乞いや、その日の生活に困る者などが、たくさん居たのですよ。
 もちろん、働けるのに働かないで家族に寄生しているものや遊び人や、ごくつぶしや、無駄飯ぐらいや、徒食者と呼ばれる者が沢山いたのですよ。
 でも犯罪者よりはましだろうということで、社会からはそれほど非難されてはいなかった上に、家族からもそれほど余計者扱いはされていなかったのですよ。 

 それで国内には富める者と貧しい者、やる気のある者とない者、悪い奴と良い人、絶望する者と希望を持つ者とあらゆる人々で、活気があるのかないのかもよく判らないような混沌とした状態がずっと続いていたのですよ。
 だから、すべての国民が自分の望むものは容易く手に入れることが出来ないので、欲望がいつも満たされるとう訳ではなく、それで不満がたまって、たまには暴動も起きたり、貧困から来る盗みや殺人、それに自殺も決して少なくなかったのですが、でも、全体として国民は自分なりに生活に楽しみを見つけることに幸せを感じて満足していたようなのですよ。

 それで、その愚か過ぎる王様は、そんな国民の有様を見て、みんな自分と同じように幸せなんだなあと、いつも思って満足していたのですよ。

 さらに、国民の生活が前より悪くなったという報告を、今までに受けたこともなかったので、王様はますます調子に乗って今のままの何もしない政治が、最高の政治と思うようになったのですよ。
 その愚か過ぎる王様がある夜夢を見たのですよ。

 その内容は、十年後に王国が繁栄を遂げ、その勢いで四つの隣国を支配し自分が王になっているというものだったのですよ。
 そこで王さまは仲の良い夢占い師にそのことを話したのですよ。
 するとその占い師は言ったのですよ。

「王様、その夢は不吉な夢です。
本当はまったく逆のことを暗示しているのです。
つまり、王様が隣国を支配するのではなく、隣国の王が我が国を支配して滅ぼすということなのです」

 それを聞いて愚か過ぎる王さまは、十年後には自分は死ぬんだなと思い、たまらなく不安になったのですよ。
 そこで愚か過ぎる王様はどうしたらいいか首相に相談したのですよ。
 首相は言ったのですよ。

「自分の国だけではなく隣接する四つの国からも、民衆から賢者として尊敬されている人たち(たとえば、宗教家、学者、評論家)や、それに名の知れた芸術家やアーティストたちを集めて、どうすれば良いかをを報告書にまとめて報告するようにと命じることです」

 王様は直ちにその提案を受け入れたのですよ。

 数ヶ月後その報告書は人間の背丈にもなる書類の山となって上がってくる予定だったのですが、実際は次のような数行で終わっていたのですよ。

 《夢はしょせん夢。
  疲れた脳の仕業。
  夢は現実を反映するものではありません。
  ましてや未来など。
  夢に特別の意味を持たせようとするのは過去のこと。
  だから王様は夢占い師などの話を信じてはいけません。
  王様は今のまま国民から愛される王様のままでいいのです》

 
 報告を受けて王様は、最も近い重臣でもある国の首相と調査委員会の委員長を部屋に呼んだ。
 そして話し合ったのですよ。

〈王様〉
「この報告書の内容は本当かい。
報告書はわたしの背丈ほどにもなる書類の山と聞いていたのだよ」
〈調査委員長〉
「それは何かの間違いです。
本当でございます」
〈王様〉
「それにしても数ヶ月掛けてたったのこれだけか」
〈調査委員長〉
「はい、間違いございません」
〈王様〉
「おかしいな、秘書官がこっそり教えてくれたんだよ。
こんなにも高い書類の山の報告書が届きますよってね」
〈調査委員長〉
「えっ、はい、確かに、でも、それは途中経過でございまして、なにせ調査委員の方々は優秀でございまして、間違いがあってはならぬということで、徹底して調べましたものですから、でも、最終報告のあのようなものとなったのでございます」
〈王様〉
「私はその途中経過が知りたいのよ。
何か私に隠しているのかな」
〈調査委員長〉
「それでは正直に申し上げます。
確かに我が国には問題点がありました。
いや、ありすぎるくらいです。
そしてそれらの問題を解決するためには政策として、何をすれば良いのかが山ほどの報告書となって出てきたわけです。
それらの政策をやれば、我が王国は繁栄の道を歩み、他国に侵略され滅ぼされるようなことは決してないということですが、でも、そのためにはやるべきことはあまりにも多すぎます。
みんな緊急に取り組まなければならないことばかりです。
だがそれは不可能です。
そこで私たちは何日も徹夜で話し合いました。
そしてある結論に達しました。
それは、我が国の諸問題は原因はすべて、ええと、あるもの、いや、ある存在に起因するということでした。
つまりそれが障害となって、我が国の改革発展は難しい、いや、ほとんど不可能という結論に達したのです。
それで私たちは再度報告書を検討することにしました。
本当にそのような政策は必要かということで。
まず私たちは手分けして、このような政策は必要か、このような政策をやれば生活はよくなると思うかということを、あらやる階層に国民に聞いて廻りました。
でも結果は出ませんでした。
なぜなら、意見はいつも真っ二つだったからです。
それで決めかねて、あのような短い報告書になりました。
もしも圧倒的な国民の支持を得られたような改革であれは、私たちも躊躇なく提言できたんですけどね」
〈王様〉
「国民が反対するなら、それは悪い改革なんだろうね。
私も反対だよ。では、改革の障害となる、
『ある存在』とは何なのよ」
〈調査委員長〉
「ええと、あっ、うっ、おう、おう、王様、」

〈王様〉
「わたしが、どうして、」
〈調査委員長
「、、、、」
〈首相〉
「私が代わって申し上げます。
報告書では、最後に、みなこう書かれています。
この政策を遂行するためには、王様が先頭に立ってやることが望ましいでしょう、と。
でも、こんなことは不可能です。何百とある政策を、王様がいちいち陣頭指揮していたら、何十年掛かっても不可能です。
王様には計り知れない負担がかかるだけです。
そこで私たち調査委員会は、報告書に提言されている政策は実行不可能な政策であるという、結論に達し、王様の報告書は、すでにごらんいただけたような、現実的な内容にしたのです。
何か新しいことをやるとき、たくさんの人が対等の立場で色んな知恵を出し合ってやることが最善なのです。
王様一人にすべての責任を負わせるようなやり方は間違っています。そこで私たちは、王さまは今まで通りなにもやらない、つまり新たな政策の遂行は加わらないことが最善と判断したのです。
政策は今までどおり重臣や官僚たちに任せていることが最善なのです。
そんな時もし王様がすべての政策に関与していたら、いちいちお伺いを立てなくてはいけないことになり、効率の悪いものとなってしまい、その実現には長い時間が掛かってしまうでしょう。
それでは改革の効果は期待できません。
それが王様が障害となる存在であるという本当の意味です。
我が国にとって最善のことは今まで通りに王様が私たち役人や国民がやることをみまもってくれるということなのです。
王様、王様にあえて伺います。
王様は今まで国民が王様に不満を見せたのを見たことありますか」
〈王様〉
「う、ない」
〈首相〉
「そうでしょう。
王様に不満を持っている国民なんてどこにも居ませんよ。
あの評判の高い隣国の王さまは国民の不満顔に悩んでいるという噂話を聞いたことがあるくらいですから。
それに比べたら、王さまは、もしかしたら真の賢王かもしれませんね」
〈王様〉
「それじゃ報告書の通り今までどおりでいいんだな」
〈首相〉
「そうでございます」
〈王様〉
「あっ、ほっとした。ニセ占い師め、脅かしおって、死刑じゃ」
〈首相〉
「死刑よりも、追放がいいでしょう。
というのも、王さまは、隣国の王ほどは評判ではありませんが、その代わり周辺諸国ではどの王よりも優しく慈悲深いという評判ですから、そんなお方が死刑などという血生臭いことは決してお望みではないと思われますので、追放なら隣国が良いでしょう。
なにせ隣国では占い師が重宝されているということですから」
〈王様〉
「うん、そうしよう」
〈首相〉
「さすが、我らが誇り、真の賢王。
では最後に、少しに世迷い言を述べさせていただきます。
国が栄えたからといって、今よりも繁栄したからといって、決して良いことばかりがあるとは限りません。
昔から、繁栄した者は必ず滅びるという言い伝えがあるではありませんか。
もし、もしもですよ、王様が、新の賢王ぶりを発揮して、我が国が諸国がうらやむほど金銀財宝が貢がれるような国になったとしたら、そのあとどうします。
ほとんどの国民は自分たちが金持ちになったと思ってそれを喜ぶかもしれませんが、周辺諸国の国民と王はどう思うでしょうか。
きっと、そのうちに戦争を仕掛けてそれらを奪ってやろうと考えるに違い在りません。
もう、そうなったら大変です、無益な闘いのために多くの国民の血が流されるでしょう。
王様、心やさしき我らが王様は、決してそんな未来は望まれないはずです。
ですから、わたくしが思うには、国が貧しすぎるというのも考えものですが、国が豊か過ぎるのも考えものではないでしょうか。
そこそこ、そこそこが良いのです」
〈王様〉
「うん、そこそこ、そこそこね」
〈首相〉
「さすが、我らが誇り、それでこそ真の賢王」
 やがて提言された内容をどのように政策に反映させるかの会議が、王様抜きで開かれた。
 そしてその政策は王の名のもとで実行に移された。
 だが、提言内容は見事に骨抜きにされ、それまでとそれほど変わらない政策となったのですよ。  その最大の原因は、保身と既得権益を守ろうとする無能な官僚たちの所為もあったが、結局、現実の社会というのは良くも悪くも複雑に利害が絡みながら、それなりに秩序を保った安定したものであるですよ。
 そのゆえに、改革に伴う痛みを考慮するあまり、誰も責任の伴う思い切った決断が出来なかったというわけなのですよ。
 だからといってそのことを批判するものは誰も居なかったのですよ。
 知恵のある者も智恵のない者も、所詮そんなものだろうと諦めていたからですよ。
 それに本当の原因がなんであるのか、みんな判っていたからですよ。
 それでも国民の生活が以前よりも悪くはならなかったようなので、日常的な不平不満は相変わらず王国の至るところに溢れていたにもかかわらず、新政策に対して誰も不平をもらすものはいなかったのですよ。
 むしろごく稀にではあったが、

「今度の新しい政策のおかげで商売が繁盛するようになった」

と皮肉交じりの複雑な笑みを浮かべて言うものさえあわられるようになったのですよ。
 でも、なぜそんな人間が現れるようになったかは、誰も判らなかった。
    ・・・・・・・・・

 その後、この王国はどうなったかですが、論理的合理的思考の不得意な読者には、もうお判りだと思います。

 無益なこと、役に立たないこと、それにどことなく無駄ある非効率な生活が、それほど悪いことではないとして、それを容認するする国や社会は発展するかどうかは判らないとしても、それを原因として衰弱し縮んでいくということは決してないということですよ。

   (おしまい)