奇跡の出会い

       

                    狩宇無梨

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 地球を大混乱に落し入れていた宇宙からの捕食者が、突然のように地球を離れ、宇宙の彼方にその姿を消してしまった。

 その理由と彼らの正体が、二十年前に宇宙移住者として地球を飛び立ったライヤたちの数万年後の子孫であるということを知ったのは、マシルとヤホムだけだったが、その事実を二人だけの永遠の秘密として胸の奥深くにしまいこんだ。 

 そして地球には再び以前のような平和が戻った。
 
 だが、マシルは、捕食者の真の正体を知った衝撃と、その身も心も凍りつくような悲しみと寂しさから精神のバランスを崩した。
 そしてヤホムは、マシルほどではなかったが、それまでの科学知識を根底から否定するような事実を突きつけられて、宇宙に対する底知れぬ恐怖を覚え、しばらくは人と会うことが出来なかった。
  
 それから二週間後、どうにか立ち直ることが出来たヤホムは、グリーンアイランドに住む妻のヤヨイと娘のリルカに会いに行くことにした。

 大昔に掘られたという海底トンネルを通れば、監視に見つかることなく会いに行くことが出来るが、でもそれだと三日ほどかかる、すぐにでも会いたいと思っていたヤホムは発見されるリスクを犯してエアカーで行く決心をした。
それは友人のカラムが作った最新のエアカーとうこともあり、ヤホムはうまく監視の網の目をくぐり抜けて、わずか五十分で着くことができた。
   
 ヤヨイたちは木と萱で作った家に大家族で住んでいた。
 
 五ヶ月ぶりにもかかわらず、二歳になるリルカが自分ことを忘れないでいてくれたことに、ヤホムは無上の喜びを感じた。
 
 三人はヤヨイたちの住む集落を離れ、近くの野山にピクニックに行った。ヤホムは周囲が新緑の茂る樹木で囲まれた草原のような場所を選んだ。そこはなだらかな斜面になってはいたが、春の穏かな日差しが降り注ぎ小さな花々が咲き始めていた。そして沢山の鳥の声が山々に木霊するように絶えず響き渡っていた。
   
 リルカが喜ぶ子犬のように飛び跳ねたあと、小鳥のようにハミングしながら青く小さな花を摘み始めた。
 やがてその姿がヤホムからもヤヨイからも見えなくなった。
 それでもリルカは無心に花を摘み続けた。
斜面を登ると、そこは平地になっていた。そして、リルカほども背丈がある大きい黄色い花がいっぱい咲いていた。

 リルカはそれらに吸い寄せられるかのように先に進んだ。
 やがてリルカは、大人のような大きな石の前で立ち止まった。
 リルカはその石を不思議そうに見上げていたが、目の前を動くものに気づき眼をやると、ミツバチがその黄色い花に止まった。

「ねえ、ハチさん、ハチさん何やっているの?」
と声をかけながらリルカはじっと見ていたが、しばらくして今度は視線をぼんやりと下におろした。
 
 そして地面を這うアリを眼にすると、
「ねえ、アリさん、アリさん何やっているの?」
と声をかけながらじっと見ていたのだったが、急に眠くなったようで、その場に臥せって寝てしまった。

 やがてミツバチが小さな羽音をたてながらリルカの上を通り過ぎたとき、リルカが寝言のように呟いた。

「************」

 すると目の前の大きな石が鋭い音をたてて真っ二つに割れた。
その音はヤホムとヤヨイの耳にはっきりと届いた。
何か異変を感じとった二人は不安げな表情でリルカの元に急いだ。
そして割れた石の前で臥せっているリルカを発見した。
近づくとリルカは眠っていることが判った。ヤホムは眠っているリルカをやさしく抱き上げた。
 ヤヨイが尖った耳の後ろに手のひらを当てながら怪訝そうに言った。
「さっきの音は、この石の割れる音だったのね。いったい何があったのかしら?」
「判らない。」
そう答えながらヤホムはリルカをヤヨイに渡した。
「リルカが何かしたのかしら?」
「偶然にしては、、、、」
 そう言いながらヤホムは割れた石を注意深く見始めた。そして石の表面にかすかに残るくぼみを手でなぞりながら言った。
「これは、きっと彫られたものだ。文字かなんかに違いない。たぶんヤヨイたちの遠い遠い祖先の言葉に違いない」
「なんて書いてあるの?」
「待って、今調べてみるから」
そう言ってヤホムはエアカーのところに走った。

 急いで戻ってきたヤホムは、手に持ってきたカメラでその石を写し始めた。
ほどなくしてデータが分析され、その結果がデスプレイに映し出された。 

 ヤホムはそれを見ながら言った。
「思ったとおりだ。大きい文字は、

『夢半ば、ここに挫折す』

っていう意味。こっちの細かいのは、

『十二の文字が組み合わせて発せられた言葉が、この墓石に隠されて意味と一致するとき、この墓石は自ら崩壊する』

と言う意味。そしてこれが、年号だ。ヘイセイ、、、、平成何年だろう、、、、、文字が消えていてよく判らない」

「ヘイセイっていつ頃?」

「待って、すぐ調べてみる」

「リルカ、まだ眠っている、よっぽど眠かったのね」

「判ったぞ、かなり前のことだ。この墓石が立てられたのは、ええと、紀元は最初、つまり西暦だ。それで平成って言ったら、西暦二千年頃、この島が世界の歴史から消える前、まだ日本と呼ばれていた頃だ」

「どのくらい前なの?」

「ええと、これだと、えっ、こんなに昔なんだ。スピカとアルクトゥスの夫婦仲がまだ良かったときよりも、さらに前の時代になるんだ。だいだい十万年前、ということは、まだ北斗七星が完全な柄杓の形をしていた頃だ」

「十万年前に亡くなった人が十二文字の言葉に何かを託したってことなのかしら?」

「ここに述べられている通りだと、リルカが何かを言ったということになる。その波動に呼応して石が割れたということなんだろう」

「リルカが?リルカ眠りながら何か言ったのかしら。ねえ、リルカ、なんて言ったの?」

 そう問いかけても何にも答えることなく眠り続けるリルカに、ヤヨイは幸せそうな笑みを投げかけていると、リルカが小さく呟いた。
「パパも、パパも、、、、、、、、、、、、」

「いま、なんて言ったの?」

「パパも、って」

「その後は?」

「もぞもぞって、よく聞こえなかった。きっと寝ぼけているのね。ねえ、ヤホム、この文字を刻んだ人、いったい何をしたかってのかしら?」

「判らない、でも大昔から変わり者がいたってことは確かなようだね。」

                 完

           もしかしたら
             この宇宙に住んでいるのは
               人間だけかもしれない