小礼手与志
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森に迷い込んで
よくしかられていた
あの小さな女の子は
妖精になっただろうか
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午睡の夢の中でわたしは眠っている
午後の森の木陰のもとの牧羊神のように眠っている
紅潮した顔で眠りから覚めると
小さな動物たちはわたしに気づかずに飛びまわっている
茂みの奥ではなにかがじっとわたしの様子をうかがっている
緑の草地の遥かむこうの町は
死人を埋めたばかりに墓地のように煙っている
わたしと遊びたがる少女の
わたしを捜す呼び声が風よのって聞こえてくる
帰らなければ
どこへ?
待ちへ?
いやいや町は怖い
少女のもとへ?
いやいや少女の周りには憂鬱な父たちがいる
帰らなければ
いったいでこへ?
いやいや本当のことを言うと人間が怖い
夢の中の緑の草地は午後の陽光に輝き
木々は微風にざわめき、森は異様に息づいている
わたしは狂人となって、森の奥へ
奥へと、逃げ出したがっている
———————————–
陽は沈みかけているのだろうか
真昼の日差しをさえぎってくれたカーテンは
赤く染まり
おこり始めた夕べの風に揺れ
ときおりのぞく空
午後の眠りから覚めた目には
空は青い
青は窓のすぐ外にあるようにも見え
無窮のかなたにあるようにも見え
目を凝らせば凝らすほど
わたしには青がつかめない
ときおり聞こえる愛する人の歌声
やさしく喜びに満たされていても
いやむしろ、喜びに満たされていればいるほど
薄暗い部屋のわたしの耳は
哀しい響きを聞く
あなたは知らない
ひとりぼっちの部屋で
あなたの背後に潜む黒いガス状の魔手を
あなたは気づかない
これからおとづれるであろう
あなたの知らないうちに住みはじめる不幸を
その哀しい響きの正体をあなたにわかってもらえたら
わたしはあなたを捕まえていることができるのだが
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みんな戯れに過ぎない
空を青く透き通らせたのも
窓から金色に染める日が差すのも
窓の外のいっせいに舞い降りる落ち葉も
一日の徒労にほてった額の上に
戯れに乗せられた
あなたの心よりも冷たい手のひら
「ねえ、なにを考えているの。」
一日はわたしになにを与えたか
執拗によみがえる憎悪あてのない嫌悪から孤立へ
青空に消えかかる希望
去っていく額のほてり
戯れに神に招かれたもののように
「いや、なんにも、、、、」
みんな夢のような戯れに過ぎない
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人影の少ないさびしい裏通りを歩いていたのだったが
いきなりぱぁっと明るくなって、気がつくと
おびただしい車と雑踏の渦に男と女は巻き込まれてしまっていた
人々の流れや騒音に中で
男は自分を見失いそうな
奇妙な不安に駆られたので
男は自分を取り戻そうと
わざと雑踏の流れに逆らい男の歩調で歩いてみたり
男の楽しかった過去を思ったりしてみたが
不安はますます募るだけ
しばらくして男は気がついた
ちょっと前まで、男の一部分であったものが
知らないうちに男の心を占めていたものが
男の心から離れつつあることに
そこで男は女の体を抱き寄せた
決して愛とか恋とかいうものではなく男を襲った不安のためだったのだが
雑踏の流れはとどまらない
男は罠にかかった
流れの罠に、喧騒の罠に
男の心に忘却と調和が芽生え始めた
あとはもう流れに身を任せ
抱き寄せた女の体を離さず
前の人の足元だけを見ていればよかったのだが
男は何気なく
その恍惚とした瞳を
ビルディングに狭められた空に投げかけた
空にはかすかに星が瞬いた<BR
>男はふと星の運行を思った
すると人々の流れは
地獄に通じる洞窟に向かっているようにも
荒海に切り立つ断崖に向かっているようにも思われた
———————————–
抱きしめて
わたしの鼻先に
あなたの髪がゆれるとき
午後の森の鳥たちが
いっせいにさえずり
飛び立つように想える
抱きしめた
あなたの白い首筋に
断崖から飛び降りる
わたしの影が映るのは
はたしてわたしの幻覚だろうか
わたしはいつも
スカートの下を求めている
あなたのスカートに顔をうづめると
西の空に日が落ちて行く
地獄の鬼たちは
黄色い歯をむき出しにして
いっせいに笑い転げている
わたしには過ぎ去った
青春の欲望を満たせない
あなたは抱きとめた腕から崩れ落ちる
あなたの思い出にこの今は残らない
わたしの墓石には花が供えられていない
わたしたちは滅び行くもの
わたしたちはただ血の流れのようであればよい
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風を知り
季節に従い
水を知り
自然と調和し
土を知り
夜明けと共に働き
人を知り
日暮れと共に休み
星を知り
ひたむきに夢をはぐくみ
つまらないことで言い争うことはせず
お互いを思いやり
助け合い、貧富の差はなく
おだやかですこやかで
子供たちの笑い声は絶えることはなく
そんな夢のような村があったなら
悪霊にひとたまりもないだろう
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都会
都会は把握されることを拒む
都会は眺望するものを拒む
そこでは、
時間は時計の針の上に現れ
つねに目的をもたされ動いている
季節は路地の花壇の上に現れ
テレビニュースの中にやってくる
良心は新聞紙上に現れ
仲間同士の会話の中に確かめられる
太陽の昇る方角はなく沈む方角もない
風はさまざまな方角から吹き込み
電車は駅案内図の上を走り
方角がすべて時間に変わる
夜もなく昼もなく
あるのは閉じた空間と
勝手に動き出す時間だけ
そして
まばゆい光と心地よい音で
私たちの感覚をおぼれさせ
生来の欲望をごまかす
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雷雨はあがった
町は霧の夜
突然襲ってきた喜びに
わたしは叫びたい
おさえ切れない幸福感霧に閉ざされて何にも見えない
ビルディングは!電気広告灯は!
舗道は!
余計なものを見て呆然としてはいけないのだ
たしかに聞こえてくる
わたしの脈動!
わたしの吸気!
みんな奪われていたものだ
わたしは走る
足音は残響を残す
街は霧の町
わたしは絶叫したい
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夜に消える
車のライトに照らされ
夜の歩道に現れたあなたの姿
闇をキャンバスに描かれた夜の憂い
あいにく逆光のため
あなたにわたしは見えない
わたしを映さないあなたの瞳と
わたしを知らないあなたは限りなく美しい
波紋のような香りの風を起こしながら
足早に通り過ぎていったとき
たしかにわたしの両腕は抜け落ちた
振り返り後を追い
もう一度見ることができたら
わたしからとろけ流れ出ていったもの
またひとつ美はとらわれることなく夜に消えた
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桜が花びらを地に降らせていたころ
幼女が暗い縁側に顔を伏せて泣いていた
ガラス戸は閉じられ中からは笑い声さえ聞こえる
幼女に芽生えたどんな正義が悲しいのか
だがわたしの心は桜の木立の闇の奥へととらわれていた
目を奪う華やかさの奥に
人間を寄せ付けない孤独な闇の奥
得体の知れない誘惑者暗躍するさびしい獣人間の相貌
その理由など知るすべもない
石のように硬くなったわたしの頭には
幼女のような熱い涙の余裕はなく
ただ失われた感情に気づくだけだった
木々の緑が地上を豊かにしていたころ
酒場にはひいきの野球チームが負けたために
一日を冬核に間終わらせようとしている人々がいた
わたしに見せかけの快楽を与えようとする女は
今日のダービーはどうだったかと聞きたがった
だがわたしの心は正体の見えない敵にとらわれていた
黄色く口が腐ったやつを
何とかしてその口をつぶせないものかと
豚のように腹の膨れたやつを
どうにかして腹を蹴り上げ本心をはかせたいものだと
被害妄想をわずらう患者のように
悪を捏造しようとするわたしの頭には
ただ失われた気軽さに気づくだけだった
陸橋の手すりがまだ一日のぬくもりを残していたころ
街角には別に人を待っているのでもない女が立っていた
開かれた窓からはののしりあう男と女の声が聞こえた
憂鬱な運命に飲み込まれてしまった人々
だがわたしの心は美しい恋人たちにとらわれていた
だれにも脅かされない時を持ち
不滅の愛を語る恋人たちに<BR
>破滅の予感を秘めながら
いつも歩道を歩いている永遠の恋人たちに
男と女を狭い部屋でののしり合わせ
恋人を待たない女を街角に立たせ
わたしを湿った薄暗い部屋に帰す
憂鬱な世界に脅かされながら、わたしは
ただ失われた夢に気づくだけだった
夕暮れが一日を徒労と感じさせるころ
小さな姉と弟は泣きながらわたしの傍らを
その母へ向かって駆け抜けていった
母は用事のためちょっとの間家を空けたのだが
小さな姉と弟は捨てられたと思ったのだろうか
だがわたしの心は沈み行く夕日が気にかかっていた
重い愛鳥だけを残す一日の終わり
世界をつかみそこなったわたしの徒労
もしかしたら夕日はわかっているのかもしれない
人々の行方を、わたしの終わりを
もうかけてゆく所なんかない、わたしには
さな姉と弟のような日暮れはなく
もはや再びおとづれることもない
失われた関係に気づくだけだった
———————————–
予感はあたった
泣きながら家に向かって走った
だが懐かしい家が見えたとき
わたしはカミナリにうたれ倒れた
わたしは臆病わたしは意気地なし
わたしは独りぼっち
風のざわめきは悪霊たちのささやき
悪霊たちはドアをこじ開けようとする
せめて言ってほしかったあの人に
この現実を直視してはいけない
生きようとしてもいけない
ただ虚妄に酔いしれ、流され
夢を見続けなさい、と
やがて来る夜の夜
人間の栄光を思い浮かべながら
眠りの眠りへ
そして明日もまたいずれ滅びるにもかかわらず
悪夢から目覚めるだろう
———————————–
最初に春は匂いとなって、緑の光と共に、窓のわずかな隙間から忍び込む。
匂いはそのもっとも忠実な従者である追想を伴っている
追想はほとんど不安の形をとる
不安は幻想を呼び、幻想はわたしを呼ぶ
春代まだ早い
暖気を窓の隙間からしのばせ
誘惑に乗りやすいわたしの心を惑わすな
お前を迎えるには心の準備が要る
わたしの頭の中には冬のあいだ暖めてきた詩想がある
机の上にはまだ整理されていない詩稿がある
お前は乳房を見せるあどけない恋人
浮かれさせ、惑わせ、迷わせ
冬の労苦をみんな忘れさせるから
春よまだ早い
緑に光を窓の隙間からしのばせ
誘惑に乗りやすいわたしの心を惑わすな
お前を迎えるには心の準備が要る
わたしたちの父たちはお前を継子扱いにした
だがそれは仕方がなかった
世界が病んでいたから、いまも病んでいる
でもお前は乳房を見せるあどけない恋人
今年こそはしっかり捕らえて新しい美を発見したいから
恨み言で終わらしたくないから
春よまだ早い
お前を迎えるには心の準備が要る
去年は散々だった
お前を捕らえようとしてぬかるみに足を突っ込んだり
楽しげな夜の酒宴に出かけてみたり
でもお前がわたしに与えたのは
風に吹き散らかされた紙くずや空き缶
砂埃の中の桜の花びらや紙コップ
お前はだれにでも乳房を見せるあどけない恋人
浮かれさせ、惑わせ、迷わせ
人々の心をよこしまにする
お前はわたしいがいに乳房を見せてはいけない
わたしの孤独の部屋に連れてきて
薄明かりの中で、お前の肌の隅々まで眺めまわしたいから
春よまだ早い
お前を捉えるには心の準備が要る
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夕刻になれば、街は喧騒にざわつき
雑踏ににぎわうとも、夕暮れは確実にやってくる
曇り空に火をともし
赤々と広がる西の空から
地平線に消え入りそうな町の様々な形の屋根を
赤く染めながら、夕暮れはやってくる
群集とすれ違いひとりで歩むわたしの前にやってくる
輝く夕陽と、雲の赤をひきつれて
いまのわたしは美しいといっても良いだろうか
確実に過ぎていく一日が
すべての人に一日が
そして輝く夕陽と雲の赤がわたしをとらえる
輝く夕陽と空の赤が
今日までの驕慢なわたしをあざ笑う
お前の知らない様々な人々が
嘆き悲しみながら死んでいった、と
お前の発見した新しい知恵も
太古の昔に発見されたものである、と
そして、お前などまったく問題にしない
様々な一日が過ぎていった、と
確実に過ぎ去る
現在でもない、過去でもない、未来でもない
その一日が
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溶岩はうごめき、轟音を上げながら火柱となって吹き上げる
雷は悲鳴を上げながら大木を引き裂き岩をも打ち砕く
地殻は移動し、ばねのように跳ね返り、叫び声をあげながら割れる
だが、それでも地球は静かだ
なぜなら、それは造られたものだから
氷壁はいつ崩れるか旅人は知ることができない
オーロラはいつ輝き始めるかだれも知ることはできない
ブラックホールは目で見ることも手で触ること人間には出ない
宇宙の果ては見られるだけでなく、知られることさえ拒もうといている
それでも宇宙は手で触れられそうなところにある
なぜなら地球は宇宙に漂っているのだから
ワシははるか上空から地上を飛び跳ねるウサギを狙う
狼は人間を出し抜いて子羊を襲う
ライオンは容赦なく獲物を捕らえその肉を食らう
象は生きるものすべてを踏み潰すことができる
それでも彼らは花の蜜を吸う蝶より優れていることはない
なぜならみんな自然のおきてにしたがって生きているのだから
木を切り倒してまきを作り
畑を耕して野菜を作り
水田を起こして稲を刈り取り
ブロックを積み重ねて家を建て
金属を加工して機械を組み立て
レールを敷いて電車を走らせ
ロケットを飛ばし宇宙に人間を運ぶ
それでもわたしたちは木々のざわめきと変わらない
なぜならわたしたちは花粉を運ぶ風以上のことをしたとは思えないから
太陽を飛び出したニュートリノは地球を貫き
新たな銀河の生成と消滅は人々の目の前で行われ
人体の仕組みや不思議さはDNAによって解明され
思考や行動は計測された脳波によって説明され
人間は限りなく精密機械に近づくだろう
それでもわたしたちははにかみながらお互いを確認するだろう
なぜならわたしたちは肉体の形とぬくもりで生きているのだから
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苦しいから花を見ているのです
カラスに侮られ
野良犬のように腹をすかせ
ねずみのようにくよくよし
猫のように退屈で
サルのようにいらだちやすく
キツネのように用心深く
狼のように疑い深く
ハイエナのようにみのほど知らずで
リカオンのように執拗で
羊のように臆病で
鷹のように嫉妬深く
蛇のように恨みを忘れず
芋虫のように這いずり回り
モグラのように内気で
イナカモノのように恥ずかしがり屋で
老婆のように涙もろく
青年のように孤独で
家出少年のように心細く
幼な児のようにほめられたい
それがわたしだ
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泣きわめく犬のような饒舌を糧とし
小鳥の口先のような愛を糧とし
あなたたちが幸福を語り
幸福であろうとするとき
わたしは決してうらやまないだろう
あなたたちの幸福の意味がわからないから
孤高のワシの沈黙も要らない
原野の狼の憎悪も要らない、と
あなたたちが怯えながら言うとき
わたしは決して軽蔑はしないだろう
あなたたちの人間らしいやさしさが大好きだから
でもあなたたちはわたしのつぶやきが嫌いらしい
不幸をのぞかせ
憎悪を思い出させ
混沌に気づかせる、と
たとえば、
夕陽は徒労の色、決して人間を慰めない
美は所有されず永遠に手から滑り落ちるだけ
人間は人間を殺せることにまだ救いがある
良いことだけ行おうとするから問題がおきるのだ
生まれた子供に完璧な責任をもてる親などいない、などと
でも今のわたしには
幸福を、愛を、
平和を語る言葉が見つからない
太陽が地球の周りを回ると信じるものの不安
人間は時空の制約から逃れられない
人間は時代を乗り越えることができない、と信じるものの不安
前にて招きよせるものもいない
後ろにて支えてくれる者もいない
高所恐怖症者の不安
わたしはただ待つだけだ
昨日を不幸な言葉で飾らないために
明日を希望の言葉で飾らないために
わたしはただ待つだけだ
酷寒の冬の朝を、よあけを
明日をあなたたちの言葉で飾らないために
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ドアにはカギをかけよう
決して開かれないように
外からの呼びかけは福音とは限らない
階段を昇る足音はわたしへの訪問者ではない
階段のきしみは死霊たちのつぶやき
風のざわめきは悪霊たちのささやき
もうわたしの頭の中は他の悪霊たちでいっぱいなのに
さあ、もう一度、ドアのカギを確かめよう
東方にあてもなくさまよい
西方に太陽を追い続けても
結局地球をひとまわりして出発点に戻ってきただけ
人々はみんな怠惰で臆病で
地球を支配する二つの偽神にひれ伏し
その一度きりの生を生贄としてささげている
革命家はその饒舌さとは違う夢を見ながら
風通しのいい部屋で昼寝をしている
かつてわたしをうらやませがらせた者たちは
わたしと同じようにこの地上であえいでいる
もしわたしの選んだ迂回路が
祝福されたものであったのなら、いまごろ
澄んだ空気が流れ込む窓辺にたたずみ
やがて来る二人だけの晩餐を思い浮かべながら
薄く差し込む光のもとで、、着替えながら
たわいない一日の出来事を話し掛ける
下着姿のお前を眺めたり
暮れゆく秋の日の町並みを眺めていただろう
しかしわたしの選んだ迂回路はどんどんお前から遠ざかっていくだけだった
それにしても生命の喜びを垣間見させたあの数々の想い出はどうだろう
胸いっぱい膨らませ、霧の谷に向かって呼びかけていた
少女の喜びは
あの確かな喜びは
こだまとなってかえってきただろうか
夏の海岸で降り注ぐ日の光を浴びながら
微笑むことを忘れなかったあの日焼けした青年の情熱は
あの確かな情熱は
いまもまだ波打っているだろうか
わたしを限りなく引き戻すあの数々のつつましい幸福というやつ
あの数々のひたむきな愛というやつ
たしかにかこにはあったようだ
そして未来にもあるだろう
だが、今はない、何もない
もしかするとわたしはなにも信じてはいないのでは、、、、
これは昨夜の夢
わたしはすべてを投げ出したかった
わたしは「家」に帰りたかった
わたしはもうどうでも良かった
胸苦しい不安のあまり頭上を見上げると
寒気が吹き込み荒れ狂っていた
空には黒雲がみるみる広がり頭上を不気味に覆った
予感はあたった
わたしはなきながら家に向きって走った
だが懐かしい我が家が見えたとき
わたしは雷にうたれ倒れた
わたしは臆病
わたしは意気地なし
わたしは独りぼっち
風のざわめきは悪霊たちのささやき
悪霊たちはドアをこじ開けようとする
せめて言ってほしかったあの人に
この現実を直視してはいけないと
生きようとしてもいけない
ただ虚妄に酔いしれ、流され
夢を見続けなさい、と。
やがて来る夜の夜
人間の栄光を思い浮かべながら
眠りの眠りへ
そして明日もまた
いずれ滅びるにもかかわらず
悪夢から目覚めるだろう
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ただ今日の時を過ごすというだけなのに
心はなんと多くの物を映すのだろう
秋の日は排気ガスにけむり
遠く線路はかすみ、果てしない
葉は朽ち、風に踊り、子供たちが
落ち葉のように駈け抜ける
ただ今日の時を過ごすというだけなのに
世界はなんと深くわたしにふりそそぐのだろう
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死は
名状しがたい死は突然やってくる
明かす者もなく明かされる者もなく
死は名状しがたく突然やってくる
たとえ
悲嘆のさなかに命途絶えても
喜びのさなかに命途絶えても
一個の死の残すものは生者のおごりとその涙
一個の死の残すものは
生者の思惑とその隷属
だが、いっこうに変わらない
明かす者もなく明かされる者もなく
死は名状しがたく突然やってくることは
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