オッ、なんだろう?
この頭上のまばゆさは。
太陽の光ではない。
見る事さえ出来ない。
* * * * * * * * * * * * * *
天空
はだい悠
* * * * * * * * * * * * * *
もうすぐ降下上空だ。
どうしても高ぶる気持を抑えることが出来ない。
いつものことだが。
さあ、あの至福のときがまたやってくる。
どんなに満ちたりた気分になることか。
いや、それ以上だ。
わずか三十秒足らずの時間だが、重力から開放され、大鷲よりも自由自在に、しかも軽やかに飛びまわるのだから。
そして、わたしは、わたしという一つの肉体を超克し、わたし自身が一つの芸術作品となるのだ。 そのとき、わたしはおそらく、神に代わって天空を支配しているに違いない。
それにしても、いくらわたしが数々のスカイダイビングの大会で優勝して、有名で、しかも人気のあるインストラクターだからと云ってだよ、まあ、会社の方も、その事を宣伝してお客を集めているようだが。
でも、こうも毎日のようにスケジュールが過密なのはもう少し考えてほしいもんだ。
そのために今日は、会社の内部規則を破って一人多い五人で飛ぶことになってしまったんだから。
それから昨日のようにわたしのために祝勝パーティをやってくれるのは嬉しいが、夜遅くまでつき合わされるのだけは勘弁してほしい。
今日もぎっしりと仕事が入っているんだから。
まあ、でも、長年お世話になっている会社のためだから仕方ないかな。
さあ、着いたぞ。
「みなさん、準備は良いですか、みなさんはもう初心者ではありませんから、きちんと、順番どおりに合図に従ってちゅうちょすることなく思いっきり飛び出してください。それから、何度も云うようですが、降下中は、お互いにあまり近づかないように、くれぐれも注意してください。」
「先生、昨日はおめでとうございます。今日は二日酔いですか?」
「さあ、きちんと並んで、それでは行きますよ。
セット、トゥー、ワン、ゴー。
次ぎ、セット、トゥー、ワン、ゴー。
次ぎ、セット、トゥー、ワン、ゴー。
次ぎ、セット、トゥー、ワン、ゴー。
次ぎ、セット、トゥー、ワン、ゴー。」
さあ、わたしの番だ。このえもいわれぬ瞬間。
「セット、ゴー、ヤッホー。」
みんな教えられたとおりに、お互いに距離を保って飛んでいるな。
よく見ておかないと、あとで悪いところを指摘して直してやらないといけないからな。
どれここでひとつ、わたしの華麗な技でも見せてやろうかな。
あの男、さっき、
「先生、今日は、二日酔いですか?」
などと、節制に節制を重ねて、今日のこの地位を築き上げてきた私に対して、まるで私が、そこら辺の飲んだくれの様に云った男だが、あんなに手をバタバタさせ、驚いたように目を丸くして私の方を
見ている、そんなに私の技が感動を与えるのか、たいした技でもないのにさ、オーバーな奴だ。
さあ、そろそろパラシュートを開く時間だ。
離れなければ、みんなを見届けるのが私の役割だから。
「一、ニ、三、四、五、五?」
いや、六ではないか、
私を含めて、おかしい、
いつもパラシュートは五つしか用意してないのではないか、
すると、誰かが、まさか、、、、、、、
わたしだ、私がパラシュートをつけずに飛び降りてしまったのだ。
そう言えば、たしか、飛行機に乗る前は、
今日は一人多い分わたしが飛ばない事になっていたのだ。
それなのになぜ。
だからあの男が、いつものようにパラシュートをつけていない私を見て、
今日は二日酔いで飛ばないのか、という意味であんな事を言ったのだ。
それなのに、私はそれに気付かずに飛び降りてしまったのだ。
あの男は私の技に感動していたのではない、
私にパラシュートを着けていないという事を知らせようとしていたのだ。
なんてことだ。
もう、遅い。
オトウサン、オカアサン、サチコ、ツバサ、ミク、もうおしまいだ。
オッ、なんだろう?
この頭上のまばゆさは。
太陽の光ではない。
見る事さえ出来ない。
オッ、なんだろう?
このとどろきは。
雷鳴ではない。
天のすべてを揺るがしている。
アッ、なんだろう?
あの金色の巨大な二本の柱は。
いや、柱ではない、巨大な脚だ。
アッ、なんだろう?
あの足元のどよめきは。
全身に銀色のよろいを身にまとった、
なんという数の軍勢、
オウ、なんという歓声。
アッラー、アクバル
アッラー、アクバル